対談

「日本の劣化」を食い止めるカギは「森のようちえん」にある!?【前編】

宮台真司×おおたとしまさ

いま日本中で急速な広がりを見せている幼児教育のムーブメントがあります。自然のなかで子どもたちを自由に遊ばせながら育てる幼児教育・保育活動、通称「森のようちえん」です。子どもたちの「自己肯定感」や「身体感覚」、そして近年話題の「非認知能力」がぐんぐんと育つとされ、注目を集めています。

そんな森のようちえんを教育ジャーナリスト・おおたとしまささん徹底取材し、集英社新書として一冊にまとめたのが『ルポ 森のようちえん』。全国各地での丹念な取材をもとに、驚きの全貌を描き出しました。

撮影:野﨑慧嗣

実は、同書を大絶賛しているのが社会学者の宮台真司さん。「僕はこの本をできるだけ多く広めたいです。本をたくさんの人が読んでくれて森のようちえんがどんどん増えれば、僕のワークショップなんかよりもはるかに実効的になります」とまでいい、宮台ゼミでも取り上げたそうです。

宮台さんがこれからの日本社会の希望を「森のようちえん」に見出しているとは、どういうことなのでしょうか? 本書の刊行を記念して行われたおおたさんと宮台さんによる白熱の対談の模様を、3回にわたってお届けしていきます。
 

おおた みなさん、こんばんは。今日は2021年10月の拙著『ルポ森のようちえん』(集英社)の出版を記念して「日本の劣化を止める」という壮大なテーマで社会学者の宮台真司さんとお話をさせていただくことになっています。

宮台さんのファンであれば「日本の劣化を止める」というタイトルだけでなんとなく文脈が想像できるんじゃないかと思うのですが、そうでないひともいると思うので、ちょっと最初に説明が必要かなと思っています。

宮台 よろしくお願いします。

おおた 私は「中学受験のひとでしょ」みたいに思われていることも多いんですけど、本当は教育現場のルポを書くのが生業で、そのなかで、教育の「核」の部分みたいなものが森のようちえんにあるんじゃないかと直感したんですね。

「森のようちえん」というのは、あとで説明しますけれど、特定の幼稚園のことではなくて、いま盛り上がっている幼児教育のムーブメントです。で、宮台さんとは、同じ高校出身というご縁もあって、何度かインタビューさせてもらって……。

宮台 僕はおおたさんの中高の先輩で、貴重なインタビューをおおたさんの『麻布という不治の病』(小学館新書)という本に載せていただきました。それを読めば僕らの中高時代がいかに滅茶苦茶であったのかがよくわかると思うんです。

おおた 何度かインタビューさせてもらって、いろいろ教えていただいているうちに、大学のゼミにも参加させてもらうようになって、「こんな本ができたんです」って森のようちえんの本をお持ちしたら、「いいじゃないか!」ってことで、新聞広告用の推薦文まで寄せていただきました。

宮台 素晴らしい本ですよね。

おおた その推薦文がこちらです。

「いま大学生の大半には悩みを話せる友達や恋愛相手がいない。みんなバラバラ。かつて街では誰もが『同じ世界』を生きたが、今はスマホを眺めて自分の世界にこもる。みんなバラバラ。日本は社会も人もひどく劣化した。自分の損得へと閉ざされ、大切な他者のために思わず体が動くことがなくなった。なぜそうなったのか。かつてあった『何か』が失われたからだ。読者は本書を通じてその『何か』を見出すだろう」。

そしてAmazonの推薦文がこちらです。

「この本をたくさんの人が読んでくれて森のようちえんがどんどん増えれば、僕のワークショップなんかよりもはるかに実効的になります」。

宮台さんは性愛のワークショップや親業のワークショップなんかをいろいろやられているんですが、「社会の劣化を止める」のが目的なんですよね。

宮台 はい。2022年、僕は性教育の本を三冊出します。一つは『大人のための「性教育」』(ジャパンマシニスト社)。子どもに性教育をする資格がない大人が99%なので、そのひとたちに性教育をする本です。1月に出ました。

もう一つは、そこでも予告した、僕が小学生・中学生・高校生・大学生を相手に性教育をしたワークショップの記録『こども性教育』(ジャパンマシニスト社)です。7月下旬に出る予定です。

最後は『性に踏み出せない女の子のために』。雑誌『季刊エス』に連載したものをまとめた分厚い本で、今年末に出ます。統計では若者の性的退却が深刻ですが、ワークショップ経験だと男は回復が難しいので、若い女に向けたものです。

これら三冊で、どうして僕が森のようちえんに関心をもつのかも理解できると思います。性的劣化の最大のポイントは、「同じ世界」で「一つになる」能力の低下。「共同身体性の欠落」とも言えます。

だから、デートでも、相手を喜ばせることより、自分をどう見せるかにあくせくします。デートでも、セックスでも、独りよがりな達成課題にどう近づくかみたいな発想しかできません。

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プロフィール

宮台真司

1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。1995年からTBSラジオ『荒川強啓 デイ・キャッチ!』の金曜コメンテーターを務める。社会学的知見をもとにニュースや事件を読み解き、解説する内容が好評を博している。著書は『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『日本の難点』(いずれも幻冬舎)、『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『社会という荒野を生きる。』(ベスト新書)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』(共著、ジャパンマシニスト社)、『音楽が聴けなくなる日』(共著、集英社新書)など多数。

おおたとしまさ

1973年東京都生まれ。教育ジャーナリスト。1997年、株式会社リクルート入社。雑誌編集に携わり2005年に独立。数々の育児誌・教育誌の編集に携わる。新聞・雑誌・Webへのコメント掲載、メディア出演、講演多数。著書は『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『受験と進学の新常識』(新潮新書)、『麻布という不治の病』(小学館新書)、『いま、ここで輝く。: ~超進学校を飛び出したカリスマ教師「イモニイ」と奇跡の教室』(エッセンシャル出版)、『名門校「武蔵」で教える東大合格より大事なこと』『ルポ森のようちえん』(いずれも集英社新書)、『ルポ名門校 ――「進学校」との違いは何か?』(ちくま新書)など70冊以上。

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