4月に韓国に戻って、最初の週末に巨済島に行った。釜山沖にある韓国で二番目に大きな島。島と言っても陸地からほど近く、海底トンネルを利用すれば釜山から車で1時間ほどの距離だ。名物はトルモンゲという小ぶりのホヤ。普通のホヤが苦手な人でも巨済島のものは美味しいのだという。
巨済島にはかつて大規模な捕虜収容所があった。
最初に行ったのは20年ほど前、当時は釜山港からフェリーで行った。港から内陸に入った山の斜面、広い敷地の中に古い木造の建物がポツポツと残っていた。朝鮮戦争中に17万人もの捕虜が収容されていたという。広大な敷地のほとんどは既に宅地や農地に戻されていたが、その一部は記念館として残され、2013年からはテーマパークとしてリニューアルされた。
その頃にも一度家族で行ったことがある。有料のVR体験館できており、なんと共産軍捕虜に拉致されたトッド所長の恐怖を3D体験できるというのだ。「すごいアイディアだな」と驚きながら、実際に体験してみたら本当にすごかった。目の前に次々に現れる武装した共産軍捕虜が、うすら笑いを浮かべながら次に次に襲いかかってくる。なんだこりゃ?
あの不思議な体験から10年、再訪の目的は映画『スウィング・キッズ』(2018年、カン・ヒチョル監督)のせいだった。もう少しまともな解説を書くために、せっかくなら現地でいろいろ確認しようと思ったのだ。
実はちょっと前に日経新聞で『映画で知る、韓国現代史』という特集記事を書く機会があった。半世紀あまりの歴史を、4回の連載で語るというスリリングな仕事。しかも新聞紙面には厳しい字数制限がある。そして、テーマごとに2つの映画を取り上げるというミッション。
なんて膨大なんだろう……。眼の前の海が広すぎて目眩がしたが、しかし選択作業をする中で頭の中はどんどんシンプルになっていった。「韓国現代史」という大きなテーマに対し、韓国映画が挑んできたものは何だったのか。監督が選び出し、役者が出演をOKし、一般観客が共感したヒット作のラインナップを見ていると、おのずと時代区分も見えてきた。そうして4つの時代テーマを決めて作品を8つ選んだ。
その先は映画を再度見たり、資料を読んだりして執筆を進めるのだが、いちばん苦労したのが 「朝鮮戦争と南北分断」というテーマの後半でとりあげた、映画『スウィング・キッズ』だった。巨済島の捕虜収容所を舞台にしたこの映画の背景を、800字以内で説明する。
何日もかけて、渾身の800字が完成したのだが、やはりもう少し書きたいことがある。そこで、今回はこの『スウィング・キッズ』という映画と、その背景にある捕虜問題について考えてみようと思ったのだ。
折しも6月、今から73年前の6月25日に朝鮮戦争は勃発した。韓国ではその日付をとって、この戦争を「6・25(ユギオ)」と呼ぶ。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。