はしっこ世界論 “祖父の書庫”探検記 第2回

「食」の見方を広げるための1冊

飯田朔

 

3 日本の食を「外から見る」こと

 

さらに、柴谷は70年代に起きたオーストラリアの政治と「食」の変化を現地で目にしており、その経験をもとにもう一段深い形でこの「外から見る」ことを語っている。

 この本はオーストラリアから始まり、ヨーロッパ諸国、南北アメリカ、地中海、中近東、インド、東アジアの順で世界の料理を見ていく内容なのだが、最初に書かれる、柴谷が暮らしたオーストラリアでの70年代の「食」の変化が印象的である。

 オーストラリアのシドニーに移り住んだ1966年当時は、現地の料理はイギリス料理の亜流のようなものが主であり、政治的には保守政権が長く続き、ベトナム戦争などで国内の気分は沈滞していたという。しかし、72年に労働党が政権を取ると、政治的な変化や人々の意識変化が一気に起こり、さらに、それらの動きが現地の「食」の変化につながっていったと書く。

祖父の書庫。別の一角

 オーストラリアでは、このとき政治的にはベトナム出兵が中止され、また、75年には連邦人種差別禁止法が制定され、それまでにも廃止の流れが始まっていた、白豪主義が法制上終わりを迎えるなど大きな変化が起きた。柴谷によると、「オーストラリアの人びとは、世界における自分たちの役割にめざめ、アジア太平洋地域で積極的に国際的に多面的な活動にまきこまれていくよう」になり(この背景には68年からの大学闘争に学んだ現地の若者たちによる価値観の転換があったという)「それが、レストランを訪れる客の興味のありかたを変え、経営者の側の意識変化につながった」とする。結果的に、オーストラリアはアジア諸国の人々がたくさん入ってきて、「民族料理の天国」になった。

 このように政治と「食」の両方の変化を目の当たりにした経験を持つ柴谷は、本の最後の方で次のような印象深い指摘をしている。それは、この本が出た当時日本で流行っていたという「無国籍料理」についてであり、柴谷は、「無国籍料理」には国境にとらわれず種々の民族料理を創造的に組み合わせ、安価でおいしい料理を若い人々に供するという功績がある、と認めつつも、そのマイナスの要素に目を向ける。

 

 しかしその落とし穴は、各国が直面している民族的・あるいは政治的な諸問題を捨象して、ただ平和・平穏な食べ物の世界だけに籠りがちになることであろう。政治的な災厄は、(…)こちらが避けようとしていても、地震のようにむこうから突発的にやってくる。

『柴谷博士の世界の料理』256頁

 

 柴谷は96年に起きたペルーの日本大使公邸人質事件にふれ、こう書いているのだが、かみくだいて言うと、おいしい食べ物についてだけでなく、普段からそれをめぐる政治的災厄のような部分にも目を向けておこう、またそういった事態を避けるために「国際感覚や知識」を養い、「各国各民族のこだわりの裏表に精通」しておくことが望ましい、と書いている。

 ぼくはここで語られていることが「食」を「外から見る」ことの中身だと感じる。「外から見る」とは、外国の食文化をただ取り入れて「無国籍料理」や「エスニック料理」として自足するのではなく、「食」に関連している一回り大きな視点(「民族的」「政治的」「国際的」などの)も持っておいた方がいいぞ、という助言なのだと思う。

『柴谷博士の世界の料理』のレシピで作ったグルジア料理のタバカー。本当はひな鶏1羽で作るそうだけど、家にあったむね肉で料理。

 柴谷のこの指摘は、今年のコロナのパンデミック、または2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故を経たいま、まさに現在ぼくたちがおかれた状況にあてはまる忠告だろう。

 コロナウイルスの感染拡大とともに出てきた新たな問題としては、外出自粛の影響による飲食店の苦境がある。例えばこの数か月、ぼくの地元吉祥寺と三鷹では、老舗の飲食店がコロナを理由に閉店したり、よく行く店からは売り上げが激減したと聞かされたりした。いまの若い人たちのライトな「食」の楽しみを支えてきたのは、こうした飲食店だ。それがいま閉店、失業の危機に瀕しているわけで、ひとりひとりの「食欲」を下支えするその土台が危うくなっている事態として受け取れると思う。

 若い人たちの間にライトな形で「食欲」が広まってきていること、それ自体はいいのだけど、「食欲」が柴谷のいう「無国籍料理」のようにそれだけで自足してしまうと、困ったことになるんじゃないか。例えばいま多くの飲食店が苦境にある中、「一回り大きな視点」を持っておかなければ、人々は政府に援助を要求するといった動きをおこさず、自助努力だけでなんとかしろと追い込まれ、さらに多くの店がつぶれていく可能性がある。また、そうした考え方では、コロナだけでなく今後どのような災厄に対しても個人の「食欲」を支える土台は不安定なものとなるだろう。柴谷の「外から見る」ことには、このようないまの日本で広がりを持つ「食欲」の死角についてアドバイスしてくれる面があると思う。

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はしっこ世界論

30歳を目前にして、やむなくスペインへ緊急脱出した若き文筆家は、帰国後、いわゆる肩書きや所属を持たない「なんでもない」人になった……。何者でもない視点だからこそ捉えられた映画や小説の姿を描く「『無職』の窓から世界を見る」、そして、物書きだった祖父の書庫で探索した「忘れられかけた」本や雑誌から世の中を見つめ直す「“祖父の書庫”探検記」。二本立ての新たな「はしっこ世界論」が幕を開ける。

プロフィール

飯田朔

塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。 

 
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