はしっこ世界論 「無職」の窓から世界を見る 第3回【後編】

ちゃんと「おりる」思想

飯田朔

「なんでもない人」の視点から映画や小説などの作品を取り上げてきた「はしっこ世界論 『無職』の窓から世界を見る」。サヴァイヴ、生き残る思想が孕む問題を指摘した前回を引き受け、第3回ではその先に見えた「生きなおす」思想の可能性を考える。一度死ぬこと、ひきこもること、苦痛になることをやらないこと……。

何者でもないからこそ見出すことができた「普通」以外の生き方、その可能性とは。

 

 

7 「生きなおす」の弱点に目を向ける──伊藤洋志『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』

 

 ここまで三人の本を通して、「生きなおす」という考え方について書いてきたのだけど、いまぼくが思うのは、この社会の「普通」以外の生き方、「生き残る」以外の考え方を模索する場合、この「生きなおす」というアイデアは、最低限まともに受け取ってもいいんじゃないか、ということだ。こうした考え方を踏まえれば、個人が競争主義の仕掛けてくる心理的な脅しに惑わされることがなく、また、「他人の価値観で認められる」といった隠れたサヴァイヴ思考によって自分自身や他者を抑圧することも減るだろう、と思えるからだ。

 とはいえそれでも、じつはぼくはまだ、「生きなおす」考え方には弱点、もしくは危うさがないわけではない、と思っている。

 最後に、では「自分ルール」や自分の本質といったものを大事にしながら生きなおす、という考え方をおさえた上で具体的にいまの社会で生きていく場合に、どんな点に注意した方がいいか、ということをある書き手の本を手がかりに考えてみたい。

 ここから取り上げるのは、伊藤洋志の『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』(2012年、東京書籍、以下『ナリワイをつくる』)という本だ。

 これは、著者の伊藤が自分で考え出した、色々な種類の小さな仕事「ナリワイ」について書いた一冊である。伊藤は、日本で普通とされる「専業」の働き方に対して、生活の中から考え出す小さな仕事=ナリワイを組み合わせて生きる、という別の働き方を提案している。ぼくは、この本には、ここまで考えてきた「生きなおす」という発想に含まれる、少々の危うさについて気づかせ、またその弱点を補強してくれる面があると思う。

 ぼくは大学を卒業する頃、この本を読み、それまで自分自身疑問を持ちつつも、理解しきれていなかった、日本の働き方の矛盾と、それに対するひとつの「解き方」が示されているように思え、考えさせられた。

 この『ナリワイをつくる』は、ここまで見てきた3冊のようなヘビーな実体験が語られる類の本ではないが、伊藤がかつて勤めていたベンチャー企業で激務を経験し、周りにいる友人知人の働く状況なども振り返る中で感じ取った、いまの社会の過剰なしんどさに対する問題意識が出発点になっており、ぼくには、勝山や豊島と同じ問題と向き合いながら、それを「仕事」という観点から考え抜いた内容だと思えた。

 伊藤洋志は、1979年生まれで、シェアスペースの運営から季節限定農家、パン焼きや床張りのワークショップ、風変わりな海外ツアーなど、様々な小さな仕事を作り出し、それらを組み合わせて生活している人物だ。ベンチャー企業を退職し、農文協などのフリー記者を経て、自分で小さな仕事を作り出すようになり、それらを「ナリワイ」と名付けた。他の著書に、都市と田舎を行き来する多拠点居住について書いた『フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方』(2014年、phaとの共著、東京書籍)や『イドコロをつくる 乱世で正気を失わないための暮らし方』(2021年、東京書籍)がある。

 この本では、日本で常識とされがちな、会社に就職して一つの仕事をする「専業」の働き方と、「生活を犠牲にしてやるのが仕事」という認識の2点に疑問が投げかけられている。

 伊藤は、大正期の国勢調査を参照したりしながら、日本では、もともとその時代までは多様な種類の職業があったのだが、戦後に入ってから職種をしぼることで高度経済成長を成し遂げ、人々の働き方が変わってしまったことについてふれる。21世紀に入ってからは日本の産業は曲がり角を迎え、いまは逆に専業化による矛盾が様々なかたちで現れてきている。伊藤は、専業化が持つ問題点を次のように語っている。

 

(…)一つの仕事だけをやらなければならないという考え方だと、どうしても競争が激しくなったり、一つでは生計を立てるのが難しい仕事でも、無理やり大きくしなければならず、努力の割に結果が出ない。これでは苦しい。

『ナリワイをつくる』(2017年、ちくま文庫版)5頁

 

 このような一つの仕事を無理にやろうとすることから出てくる過度な競争といった問題に対して、伊藤は、生活の中から作り出す、小さな仕事を複数組み合わせて生きる、というナリワイの方法論を提示する。

 具体的には、伊藤自身がモンゴルが好きでしばしば足を運んでいた経験から、モンゴルで遊牧民の生活の見習いができるツアー「モンゴル武者修行ツアー」を作り出したり、自分たちで床張り技術を習得していくワークショップを催すなど、ただ収入を得るだけでなく、それらをすることで自分も参加者も生活の足場をかためられ、「技」が身につくような、様々なタイプのナリワイを実践している。

次ページ  「苦痛になることをやらない」という、すぐれたバランス感覚
1 2 3 4
 「無職」の窓から世界を見る 第3回【前編】
はしっこ世界論

30歳を目前にして、やむなくスペインへ緊急脱出した若き文筆家は、帰国後、いわゆる肩書きや所属を持たない「なんでもない」人になった……。何者でもない視点だからこそ捉えられた映画や小説の姿を描く「『無職』の窓から世界を見る」、そして、物書きだった祖父の書庫で探索した「忘れられかけた」本や雑誌から世の中を見つめ直す「“祖父の書庫”探検記」。二本立ての新たな「はしっこ世界論」が幕を開ける。

プロフィール

飯田朔

塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。 

 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

ちゃんと「おりる」思想

連載