ニッポン巡礼 kotoba連載版①

日吉大社、慈眼堂、石山寺(滋賀県)

アレックス・カー
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Clip to Evernote

桃山の屋根

 

 境内をさらに歩いていきましょう。

 ここの境内には、あちこちに社があり、どこから見ればよいのか、はなはだわかりにくくなっていますが、四〇の社が点在し、その中心に「東本宮」と「西本宮」があると、とらえればいいようです。

 私たちはまず、東本宮に向かいました。楼門をくぐると、檜皮(ひわだ)(ぶき)の社殿群が現れ、それらの屋根が描く柔らかな線形は実に優美です。京都市内では、これほど美しい屋根にはなかなか出会えませんので、この優美さがどこから来ているのか気になりました。

 一五七一年、織田信長の比叡山焼き討ちの際に、日吉大社も完全に焼き払われましたが、その後、豊臣秀吉により再建が果たされています。そのため、多くの社殿は一五八六~九六年の間、つまり桃山文化の絶頂期に建設されています。京都にもこの時代の建物は残っていますが、多くの寺社は建物一棟だけで、日吉大社のように複数棟が密集する眺めは稀です。

 桃山時代のスタイルは、屋根だけではありません。本殿の縁側に座る獅子と狛犬も、桃山時代の彫刻のようです。現在の神社では、石造りの獅子や狛犬は参道沿いに置かれていますが、日吉大社では古式の様式を守った、木製のものが、屋根の下に鎮座しているのです。

東本宮

 私たちは、東本宮から白山(しらやま)宮、宇佐宮をお参りしつつ、西本宮に歩を進めました。西本宮も、その途中に並ぶ社殿、摂社も桃山時代の建築で、美しいものです。

 けれども……。「優美な」はずの日吉大社でも、派手な字や真っ赤な矢印が描かれた看板が溢れています。なかでも、白山宮手前のクローム製の手すりは〝見事〟なもので、そのピカピカ、ギザギザした形には、社殿の存在も霞むようなパワーが。

 看板や手すりは少しの工夫で、周囲に合った良いものができるのに、このような状況はもったいないと思います。

次ページ  奥宮
1 2 3 4 5 6 7
kotoba連載版② 
ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

日吉大社、慈眼堂、石山寺(滋賀県)