奥宮
日吉大社の数多い社殿の大半は、山の麓に位置していますが、大社が位置する八王子山の上に「奥宮」があります。そこでは、「金大巌(こがねのおおいわ)」と呼ばれる巨石がご神体として祀られており、その金大巌を挟んで、「牛尾宮」「三宮宮」という、二つの社が立ち並んでいます。山の下からはもちろん見えません。西本宮の窓口で聞くと、奥宮までは片道で三〇分以上かかるとのこと。雨が降るなか、軽装で山道を一時間かけて上り下りすることは難しいと思い、最初は諦めました。
しかし、日吉と天台密教との深い関係を目の当たりにしたせいか、私の思考も密教的になっていました。密教の修行は、段階を一段ずつ踏んで、奥へ奥へと、悟りの境地に近づいていくらしい。そうだ、奥宮まで上らないといけない。
奥宮へと続く石段は、人間よりも巨人の足に合わせたような高さで、その段差を上り下りすることは、決して楽なことではありませんでした。しかし、たどり着いた先には、再び桃山様式の優美な社殿二棟が、清水寺の舞台のような造りで斜面に立っていました。眼下には、大津の市街地や琵琶湖が広がり、まるで「天空の宮」にいるような気分です。二棟の社殿の間には、苔むした金大巌が、おごそかにそびえ、太古にこの石から山王の神様が現れたのではないか、とごく自然に思わされます。
日本はよく「木の文化」と称されますが、実は「石の文化」でもあります。殊(こと)に古代神道における石への崇拝は根強く、神社を訪れることは石との出会い、といっても過言ではありません。
山では、行きも帰りも誰ともすれ違うことはありませんでした。
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奥宮
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奥宮眼下の景観
プロフィール
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アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。