ニッポン巡礼 kotoba連載版①

日吉大社、慈眼堂、石山寺(滋賀県)

アレックス・カー

日吉東照宮と慈眼堂

 

 江戸初期に徳川家康の顧問役を務めた天台宗の高僧「天海」は、比叡山と日吉大社の再興に大きく貢献した人物です。家康の没後、天海は家康に「東照大権現」という神号をつけて神格化し、日光に東照宮をつくらせました。それに先駆け、日吉大社の境内に小さな東照宮を建て、それが日光、久能山、上野にある東照宮のモデルとなっていきました。

 日吉大社に来たら、「日吉東照宮」も見逃せません。しかし、そこで私たちを待っていたのも、驚くほど険しい石の階段でした。しかも、雨のなか、石段を上って日吉東照宮までやってきたはいいけれど、その門は閉ざされています。門の隙間から中を覗くと、大分寂れてはいましたが、東照宮らしい絢爛豪華な装飾を垣間見ることができました。

 東照宮の怖い階段を下りて、再び周辺をぶらぶら歩きます。この辺りは天台系の塔頭(たっちゅう)が立ち並ぶ静寂とした寺町になっていて、歴史的な趣があります。その眺めに心を奪われているうちに、「慈眼堂(じげんどう)」という寺院の境内に導かれました。そして、ここでもまた石との出会いがありました。

 慈眼堂の前庭には、椎茸のような形をした傘の広い石灯籠が列をなしています。その不思議な光景は、まるで『不思議の国のアリス』のファンタジーワールド。お堂の案内看板を読むと、なんと、ここは天海大僧正(慈眼大師)その人の廟所でした。

慈眼堂の石灯籠

 隣接するひな壇には、「後水尾(ごみずのお)天皇」「徳川家康」など、天皇家、将軍家ら錚々(そうそう)たる人物の供養塔が配されています。それぞれに、哲学や宗教理論からの由来を感じる「宝篋(ほうきょう)印塔」「無縫塔」など、難しい名前がついています。密教のもう一つの聖地、高野山にも供養塔が並ぶ似た眺めはありますが、高野山は置き方が雑で、塔の作りも玉石混淆(こんこう)です。ところが、慈眼堂の供養塔は整然と並び、どれもが優れた造形で気品に満ちています。

 ひな壇の、さらに一段高い場所に、見るからに古そうな一三体の石仏が佇んでいました。こちらのイメージは、イースター島「モアイ像」の日本バージョン。後で調べてみると、石仏はもともと滋賀県高島市の「鵜川四十八体(うかわじじゅうはったい)石仏群」から抜き出されたもので、室町中期以前の仏像とのことでした。

慈眼堂の石仏

 慈眼堂の灯籠、供養塔、石仏などは、それぞれ巧妙に細工された石で、日吉大社奥宮「金大巌」のような巨石とは対照的でした。ある意味、神道は人類以前の大自然、仏教は人間がつくった文明であり、神社と寺院の石にもそれが映されているのではないか。そんなことを考えさせられます。

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kotoba連載版②  
ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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