ソーシャルミュージックのルーツ
ニューヨークで僕はよくジャズミュージシャンに「日本ではジャズがとてもリスペクトされているんだろう?」と尋ねられることが多いです。これはどういうこと? アメリカで衰退しつつあるようなジャンルが実はヨーロッパや日本などで”正当な評価”を受けているということだと考えられます。
「ジャズに限らず日本人は一旦愛と尊敬を感じた音楽に対して死ぬまで忠実なリスナーで居続けるんだ」と僕は答えるようにしているのですが、本当の答えはわかりません。ただすごくニューヨークのジャズミュージシャンたちは日本に対して未来を感じているわけです。地球はどんどん小さく一つになってきています。
自分自身が日本人の音楽家であると同時にニューヨークでジャズを作っている1人として目の前の社会と繋がろうとすると途方に暮れるほどコミットできる場所が少なすぎるけれど、母国日本ではめちゃくちゃ新たな未来が続いていて注目が集まっているという事実。
今、音楽はラップ、ヒップホップ、R&B、ハウス、ワールドミュージック、ジャズとさまざまに分類されがちですが、つい最近ブルックリンであるヒップホップアーティストのリリースパーティへ行って驚いたんですが、DJがバッキングトラックを回すと次々にラッパーたちがマイクを握り、熱いメッセージをラップに込めて演奏し始めるのです。このやり方がとてもストーリーテラー的でジャズのアドリブと似ていると思いました。
そのヒップホップアーティストは親がドミニカ共和国出身のアメリカ生まれの2世なんですね。自分のルーツを何度も何度もラップに混ぜ込んでいました。つまり「アイデンティティ」、これも音楽の持つ大きな魅力です。
「Senriはどういうジャズをやっていこうと思っているの?」
以前エジプト系フランス人の演奏家に聞かれたことがありました。僕は16年間ニューヨークで生活してますが、未だにこの手の質問にズバッと答えられない曖昧な自分がいます。
「オールドスクールのジャンルには大先輩がいっぱいいるし、グラスパーなんかが切り開いているジャンル(これもソーシャルミュージックとも呼べるのかもしれないけれど)に参戦するには僕には武器が少ない。自分が今までやってきて一番得意なのは実はポップミュージックなんだ。だから自分のパイをSenri Jazzとして作る、これしかないと思うな」
今ならそう言えると思うのだけれど、この質問をされた8年前にはソーシャルな中での自分の立ち位置がいまいちまだよく見えませんでした。
最後に、最近面白い経験をしたのでその話を付け加えたいと思います。シアトルの日本人町で、先祖であるアメリカに渡った日系人の歴史に触れた時のことです。
太平洋戦争が始まって荷物一つで全員が強制収容所へ入れられた事実、そして彼らは戦争が終わって住んでいた場所へ戻った時にはもう居場所がなかった話。帰米日系人たちが通ってた元銭湯があった場所は今はカフェや骨董品店、ホテルなどが立ち並ぶ一角です。このエリアを復興し日系人の歴史を残さねばと立ち上がったのが「イタリア系アメリカ人の女性」だったのです。
もうその方もご高齢のために、その一角の管理はご自分ではできないということでした。しかし小さな頃に日系人によくしてもらった経験から、日本の文化をしっかりシアトルのダウンタウンの一角に残そうとしたアメリカ人の女性のイズムをこの地に立って痛いほど感じました。と同時にアメリカ人として生きるか、日本人として生きるかを突き付けられた先人たちの想いと苦渋の決断を、生々しく今の自分と重ね合わせながら考える時間がありました。
本当のジャズはきっと人を不幸な歴史から解放して、心が自由でいるための、故郷や祖先との絆を感じさせる音楽なのだろうなと思います。ジャズという言い方がいつの間にか白人至上主義的な観点からのみ語られている解釈から一旦離れて、もちろんアフリカ系だけでもなくさまざまな文化や歴史の中からやってきたマイノリティと呼ばれる人たちの混沌からも生まれる音楽、それこそが心のボーダーを超える「ソーシャルミュージック」になり得るのだろうと思います。
そういえば僕の本の帯に坂本龍一さんがこう書いてくださいました。
「ジャズは知的で俗っぽくてなんでも取り込む革新的な音楽だと僕は思います。君はどう思いますか?」
僕は日々、坂本さんから頂いた問いかけを実践します。
参考文献:
油井正一『ジャズの歴史物語』(アルテスパブリッシング、2009年)
ジェームス・M・バーダマ、里中哲彦(訳)『はじめてのアメリカ音楽史』(ちくま新書、2018年)
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。