宅配便の仕事は、朝の8時半から14時半までの6時間。
「私、何か、物を食べると、重い荷物が持てなくなるの。だから、体に何も入れない状態で仕事をしている。そうなると、この時間までが限界」
給料は、13〜15万円の間を行ったり来たり。ここに児童扶養手当の月4万円ほどが付く。しかし、この金額で2人が生きて行くのは難しかった。
「国民健康保険も国民年金も、とても払える状態ではなくて、ずっと滞納していました」
国民健康保険の滞納が続いたことで、市役所から督促状が来て、窓口に呼び出された。市から通告されたのは、通常なら1年で切り替わる保険証が、半年ごとに交付を受けなければならない「短期証」となること、滞納している国保を分納して払うということだった。
「国保って信じられないぐらい高くて、私には払えって言われても、実際、無理な金額でした。分納で、何とか、時間をかけて払っていきました」
この時、同時に国民年金は遡って「免除」の手続きをした。「免除」の申請をしておけば、年金受給者の権利を有し続けることができ、金銭的な余裕ができた時に過去の分を払うこともできるのだ。
やがて、生活費にも支障が出るようになる。
「実際にパート代だけで、一ヶ月をやりくりするのは不可能でした。だからクレジットカードでキャッシングをして、パート代が出れば返済するという、その繰り返し。私、離婚と同時にクレジットカードを作ったんです。セゾンカードは審査が厳しくて通らなかったけど、どこかのカードが作れたの。だから、そのカードでキャッシングして、何とか、生活を回していたんです」
息子との時間だけは譲れない
もう少し、仕事を増やすことは考えなかったのか。
「それが、そうは思えなかった。何より、息子との時間を大事にしたかったから。一人にして、寂しい思いはさせたくなかった」
確かに、私自身もフリーという働き方を選んだのは、小学生の次男との時間を大事にしたかったからだ。その時間は、どうやっても戻ってこない、かけがえのないものだった。葉子さんの気持ちは、私にはよくわかる。
昨今、子どもの「夜の一人暮らし」が問題になっている。二人に一人のシングルマザーが相対的貧困状態にある今、ダブルワークをしないと食べて行けないため、夜間も働かざるを得ない。その間、子どもは夜、一人で過ごすことになるのだ。
そこまでして「働け」と、この国はシングルマザーに迫る。シングルマザーに働くことだけの役割を求めたら、子どもを育てる、育むという子育ては誰が担うというのだろう。シングルマザーは<子どもをケアする存在>でもあることが、日本のシングルマザーの施策からはすっぽりと抜け落ちている。
話を戻そう。キャッシングは決して無利子ではない、むしろ高額の利子がつきものだ。キャッシングで生活費を補填し、給料が入れば返済に充てるという生活がいつまでも続くわけがない。これまでの連載で見て来たように、葉子さんもまさにそうだった。
「まず、返済が滞るようになったんです。もう、無理だと思いました。給料が全部、返済に持って行かれてしまうんです」
息子が中3の時だった。葉子さんは自身で調べて、「債務整理しかない」と思った。債務整理とはどのようにすればいいのか、手続きについて相談できるのは、元夫しかいなかった。
「私は借金の額がそこまで大きくないので、自己破産ではなく、債務整理がいいと思ったんです。当初は、自己破産も覚悟していました。でも元ダンナは、『自己破産はやらない方がいい』と言ったんです」
元夫が提案したのは、債務整理の「任意整理」というやり方だった。裁判所を介さずに交渉して、分割返済で和解を成立させる手続きだ。そこで葉子さんはカード会社に連絡を取り、個別に対応してもらうよう願い出た。
「教えてもらったように、カード会社に電話をしました。そして、会社と話し合いの場を持ちました。そこでカードを止めて、残っている返済分を、分割で払う手続きをしたのです。確か、5年か6年かけて完済しました。このことがあるので、今も私はクレジットカードが使えない状態です」
「母子家庭」という言葉に、どんなイメージを持つだろうか。シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は、必ずしも多くないのではないか。本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。