特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第18回

NHK杯の名演技と、羽生結弦の『春よ、来い』に感じた「世代をつなぐバトン」

高山真

■女子シングル

  • アリョーナ・コストルナヤ(総合1位)

 すべてのエレメンツの研ぎ澄ませ方が、もう尋常ではありません。年齢を考えたら、ただただ信じられないほどのクオリティです。

 ジュニア時代から、会場で観戦する機会を熱望していた選手でした。名古屋で開催された2017年のグランプリファイナル(シニアと同時期、同会場開催)は私の体調の問題もあり行けませんでしたが、映像で見たショートプログラム『アディオス・ノニーノ』(Alena Kostornaia 2017 JGP Final SP)の衝撃といったら! ジェフリー・バトルの08年の傑作ショートプログラム(Jeffrey Buttle 2008 Worlds SP)と同じ曲を使った、ジュニアとは思えない成熟した演技。ほぼすべてのエレメンツを意欲的なトランジションでつないでいく凄まじい構成。加えて、スケーティングと上半身のムーヴの融合が、驚くべき完成度、洗練度でした。

 そして今回、初日のショートプログラムで、私は度肝も魂も抜かれてしまいました。

 演技冒頭から、ピアノの一音一音に、エッジワークやフリーレッグのムーヴ、そして上半身の所作が、厳密ともいえる完璧さで符合している。リンクの端で三蹴りのほどの助走をしていますが、それさえピアノの旋律に合わせているのです。私はこの時点ですでに、コストルナヤの世界観にグッと引き込まれていました。

 トリプルアクセルの前に、非常に距離の長いトランジションを右足一本でおこない、ジャンプへ。ジャンプ自体の高さと幅、着氷のキレとスピードも申し分ありません。そしてジャンプ後のトランジションにあたる小さなホップ……。ここまでを美しい流れの中で実施しています。今シーズンからトリプルアクセルを組み入れているのが信じられない、トランジションの密度。まるで「トリプルアクセル自体は数シーズン前から組み入れていて、トランジションを含めたジャンプの精度を年々高めてきた成果としての、ジャンプ」のような自然さ……。

 トリプルルッツの着氷後の、イナバウアーまでの流れ。そしてそこからほぼ間髪入れずに実施する、バタフライからのフライングキャメルスピン。ポジションを変化させるたびに、スッと回転スピードが上がっていきます。

 そして、もしかしたらトリプルアクセル以上に度肝を抜かれたかもしれない、コンビネーションジャンプ。ひとつめのトリプルフリップに入る前のトランジション、まったく力感なく実施したバレエジャンプの大きさとエアリー感、そして開脚度の美しさ。加えてフリップに入る直前のターンの鋭さ、大きさと距離! ジャンプはふわっと高く上がってから回転が始まり、空中できっちり3回転回って、体の回転を止めて降りてくる余裕を見せていました。そしてさらなる驚きは、ふたつめの両手タノのポジションでおこなうトリプルトウのほうが、フリップよりさらに高さがあったこと……。セカンドジャンプのトリプルをここまでの高さと余裕で実施するのは、言うまでもなく至難の業です。

 明確なエッジワークと美しい所作を高い次元で融合させたステップシークエンス、ポジション変化のたびに「スッと」というより「グンと」と言いたいほどスピードをアップさせるレイバックスピン。

 そしてジュニア時代でもおおいに驚いた上半身のムーヴのパッションやエレガントさに、パワーと成熟まで加わったと感じます。「16歳のスケーター」としての成熟度で言ったら、レジェンドスケーターのオクサナ・バイウルやミシェル・クワンにも決してひけをとらないものであると思います。

 フリーでは2本目のトリプルアクセルが回転不足の状態で降りてきて乱れが出る、というミスはありましたが、正直に告白するとそれを忘れるほどでした。それほど全体のクオリティに感嘆するばかりだったのです。

 特に、トリプルアクセルを連続で実施した直後の、「これ以上、濃密な前後のトランジションで実施するのは、想像するのも難しい」というほどのダブルアクセルの美しさ。ジャンプの着氷後、本来の回転方向である反時計回りとは逆の方向へターンするのも、極めて自然。「ジャンプの着氷直後で、回転方向へ勢いがついている」とは、ちょっと信じられないほど。

 プログラム後半、シングルオイラーをはさむ3連続ジャンプの最後のトリプルサルコーも、3連続ジャンプの最後のサルコーをここまでの高さと余裕で実施する女子選手、私にとっては伊藤みどり以来かもしれません。

 フリーの曲は、「世界観がつながっている」とは必ずしも言い難い、個性的な編集。これは「曲の世界の主人公に、曲が表現する『物語』の主人公になる」というよりも「それぞれのパートの曲調、曲の音符のひとつひとつに、技の実施のタイミングやスケーティングを合わせていける」という能力をアピールする選曲のように感じます。

 有力選手が目白押しのロシアの女子シングルで代表選手になるのは容易ではないと理解しています。それでも「北京オリンピックで見たい」と思ってしまうほど好きな選手です。個人的な願望ですが、北京シーズンには、フィギュアスケート界の「どメジャー」な曲でプログラムを作ってほしいなあ、と期待をしてしまうほどに……。

 オペラ『トスカ』から『星は光りぬ』を中心に編曲したプログラムとか、ニーノ・ロータ版の『ロミオとジュリエット』とか……。それを「彼女のために用意されていたかのような曲」というレベルで「物語の主人公」を演じる能力がきっとあると思っています。

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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羽生結弦は捧げていく

プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

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NHK杯の名演技と、羽生結弦の『春よ、来い』に感じた「世代をつなぐバトン」