特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第18回

NHK杯の名演技と、羽生結弦の『春よ、来い』に感じた「世代をつなぐバトン」

高山真

■エキシビション

  • 吉田唄菜&西山真瑚(アイスダンス)

 このふたりの演技が見られたことは、エキシビションの大きな喜びのひとつでした。

 2019年の2月からパートナーを組み始めた、ジュニアのアイスダンスペアであること。そして西山は男子シングルと並行しつつ練習を積んでいること(ジャンプを跳ぶカテゴリーとアイスダンスでは、スケート靴から違います。スケーティングそのものの感覚も、履く靴が違えばまったく変わってくると思うのです)。そのふたつを考えると、ただただ驚異的に素晴らしい!

 演じたのはバレエ『ドン・キホーテ』。二人の息の合ったスケートはもちろん、この年齢でキトリとバジルに見えるのです! この「踊り心」!

 ペアにせよアイスダンスにせよ、

「ふたりのナチュラルなスケート、その『1歩』の幅や、エッジの深さを合わせていく」

 ことは本当に大変だろうと思います。私は、ペアやアイスダンスの演技前の練習時間で、ふたりが「技の確認」をしているときはもちろん、「片手で手をつないだ状態で、なにげなく滑っている」様子を見ているだけでも感嘆のためいきを漏らしてしまいます。ふたりの足運びのタイミング、その歩幅、エッジの深さまで、ぴったり一致する、その精密さ。

「この境地にいくまでに、そもそも膨大な時間と努力があるのだ」と感じるのです。

 吉田&西山のアイスダンスペアにも、それが十二分にうかがえました。今後のさらなる飛躍にただただ期待しています。

 

  • 羽生結弦(男子シングル)

 使用曲は『春よ、来い』。この曲を使用したエキシビションプログラムについては、拙著『羽生結弦は捧げていく』で綴らせていただきました。その中で私は、ハイドロブレーディングの様子を「花筏をかすめ飛ぶ蝶」を思わせる、という印象を持っていると書きました。

 そして今回、そんな「水面に浮かんだ桜の花びらの絨毯の上を舞う蝶々」の姿とともに、もうひとつのイメージが浮かびました。

 今回のエキシビション、私は今まで以上に全身の振り付けに激しさやパッションを感じました。それはもちろん「力強くはばたく蝶々」のようでもあり、同時に、「花嵐」そのもののようでもありました。

 桜の季節にひときわ強く吹きつける風、そしてその風の中で嵐のように散る桜の花びら。「花嵐」は両方の意味がありますが、私個人は、そのどちらのイメージとも、今回の『春よ、来い』から受け取りました。

 今年5月から6月にかけて開催された『ファンタジー・オン・オイス』で羽生が見せた、上半身の振り付けのパッションに、何か感じるものがありました。羽生結弦というスケーターが、さらに新しい表現を獲得しようとしているような……。

 このエキシビションの、新しい『春よ、来い』。客席からは、山本草太、島田高志郎、西山真瑚らがリンクサイドでその演技を見つめていたことがうかがえました。その姿も非常に印象的でした。

「羽生は『観客に、常に新しい挑戦をしている様子を見せようとしている』のと同時に、『同じ試合に出場している若い選手に、常に新しい挑戦している様子を見せようとしている』のではないか」

 とも感じたのです。

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

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NHK杯の名演技と、羽生結弦の『春よ、来い』に感じた「世代をつなぐバトン」