特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第18回

NHK杯の名演技と、羽生結弦の『春よ、来い』に感じた「世代をつなぐバトン」

高山真
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  • 紀平梨花(総合2位)

 足の故障が完全には回復していないことを思えば、驚異的なまでの出来栄えだったと思います。ショートプログラム、フリーとも、スタンディングオベーションに値する素晴らしい演技でした。

 ショートプログラムの『ブレックファスト・イン・バグダッド』は、日本人、というかアジア人にとっては耳慣れないメロディとリズムで構成された曲。耳慣れない曲に体の動きを合わせていくこと自体、大きなチャレンジだと思うのですが、その面でも試合ごとに伸びているのを感じます。このチャレンジが、紀平も目標としているはずの北京シーズンで、ミュージカリティにおいても大輪の花を咲かせるのでは、と予想しています。

 加えて、紀平のスケーティングスキルの高さも大好きです。体重移動で緩急を巧みに演出し、エッジの切り替えもなめらか。現在取り組んでいる「上半身の所作のさらなる洗練、ミュージカリティの向上」と融合したときに、どんな光を放つか。心から楽しみにしたいと思います。

 拙著『羽生結弦は捧げていく』にも書きましたが、私は紀平のルッツジャンプとフリップジャンプの踏み切りのエッジの使い分けの鮮やかさにも瞠目しています。いちばん遠い客席からでもハッキリ見える「ルッツはバックアウトサイドエッジで/フリップはバックインサイドエッジで」の跳び分け。特にフリップのバックインサイドエッジの鋭さとディープインサイド!

 足の故障が充分に回復したらルッツをプログラムに組み入れてくれるでしょう。ショート、フリー両方のプログラムで、あの見事なエッジの使い分けが見られる機会を楽しみにしつつ、まずは何より、足の回復を心から祈っています。

 

  • アリーナ・ザギトワ(総合3位)

 昨シーズンの平昌オリンピック、ジャパンオープン、世界選手権。そして今シーズンのNHK杯……。幸運にも、ザギトワの演技を会場で観戦する機会に恵まれました。見るたびに身長が「劇的」ともいえるほどに伸びていることに驚いています。その分、さらにスリムになったような印象も受けます(ほかの選手も全員、細すぎるくらいのスタイルなのですが、その中でもひときわ細いのです)。

 これだけ骨格・筋肉のバランスが変わりつつある中で、演技のレベルをキープしていくこと。それだけでも十二分に尊敬に値します。

 ショートプログラムでミスはありましたが、フリーは本当に素晴らしい出来でした。アイスダンスのグリシュク&プラトフの、97年ヨーロッパ選手権の歴史に残るフリーダンス(Grishuk&Platov 1997 Euro FD)が今も心に残る『The Feeling Begins』から始まる、ザギトワのフリー。クレオパトラを演じるミュージカリティにも感激しましたが、それ以上に、ザギトワがスケーティングの質がさらに向上しているように見えたことにも感動しました。ジャンプを降りた後、まったくストレスのない状態でスーッとエッジが伸びていく。その伸びやかさは、平昌オリンピックや世界選手権のときよりも上なのでは……と個人的に感じたほどです。

 オリンピックと世界選手権、両方で金メダルを獲得した女子シングルの選手が現役として競技を続行するケース自体、非常に稀有と言うべきでしょう。ましてや熾烈を極めるロシア国内です。「競技スケーターとして、まだ見せたいものがある」というモチベーションを失わずにいる、その姿勢を尊敬せずにはいられません。

 そのことに心から感謝しつつ、ザギトワ本人が納得する競技人生を送ってほしいと心から思います。

 

  • 横井ゆは菜(総合4位)、山下真瑚(総合5位)

 横井本人は「女性らしい表現が苦手」と言っているのですが、ショートプログラムのファム・ファタルな雰囲気、フリーのパッションと清らかさをあわせもった女性像、どちらも本当に見事に演じていました。ミュージカリティの向上は疑うべくもありません。

 ショートプログラムでは冒頭の3回転フリップでバランスが崩れる箇所があり、フリーではプログラム前半のトリプルルッツが2回転に。そうしたわずかなミスはありましたし、演技終了直後は本人もそれを悔しがるような表情を浮かべていたのが、会場のスクリーンにも映し出されました。しかし点数が出た瞬間は、本人もコーチも驚きと喜びがミックスされた、素敵な笑顔を浮かべていました。

 演技全体のスケーティングやミュージカリティの向上が、本人の予想以上に評価されたということでもあると思います。

 そして山下真瑚。ショートプログラム、フリーとも、演技終了直後の弾ける笑顔がすべてを物語っていたと思います。オフシーズンに両足の甲を傷め、なかなか追い込んだ練習ができなかったことは、ご存じの方も多かったと思います。ジャンプの練習ができるようになったのは9月に入ってからだったそうです。

 そんな中でこれだけの演技ができたことは、次への大きなステップになることは間違いないはず。その成長がますます楽しみです。

 ショートプログラムの『Una Voce Poco Fa』は、マリア・カラスやテレサ・ベルガンサによる名唱で、私も大好きなオペラのアリア。山下は、フィリッパ・ジョルダーノの歌唱によるクロスオーバー的な作品をチョイスしていますが、本人のキュートな魅力にもよく似合っていると思います。

 

■ペア

  • 隋文静&韓聰(総合1位)

 前シーズンの世界選手権のフリープログラム(Sui&Han 2019 Worlds FS)を会場で鑑賞できたことは、私の宝物になりました。

 今シーズンのフリーは、前シーズンと同じ曲を使用していますし、エレメンツの配置も前シーズンを踏襲しているかと思います(トリプルトウから始まるサイドバイサイドのコンビネーションジャンプを、シーズン終盤に向けてどのように仕上げてくるかにも、もちろん注目しています)。

 とは言え、「見るたびに新鮮」という素晴らしいプログラムであることは間違いありません。

 毎回思うのですが、男性の韓聰のどこにあれだけのパワーがあるのか、本当に不思議でなりません。6分間練習でほかのペアと一緒に滑っていると、ほかの男性スケーターにくらべ二回りほど身長も低く、細い体型をしているのがわかります。それなのに、ツイストリフトでは、まったく力を使っていると感じさせずに女性の隋をふわっと空中高くに浮かせてみせる。

 スローのトリプルサルコーでは、スローの前に隋を完全に氷上から離した状態にしてイーグルを実施するのですが、「女性ひとり分の体重がかかっている」とは信じられないほどのイーグルのなめらかさとスピード。そしてスローの大きさ!

「単に男性側に力があるだけでは、ペアの技は完成しない。ふたりで技に入る、そのタイミングをギリギリまで突き詰めないといけない」

 ということを、技の実施そのもので雄弁に伝えてくれるペアだと思います。

 隋のサルコーの着氷の流れをいかしたトランジションから、ダイレクトにデススパイラルに入る、緻密なプログラムデザイン(もちろんスローサルコーに絶対的な自信を持っていなければ組めないプログラムです)。

 リフトの圧倒的なスピードと、リフト中の韓のエッジのブレなさ。

 そして曲のドラマ性を「そのままに」というよりは「倍加して」伝えているかのようなふたりのミュージカリティ……。

 中国ペアが伝統的に持っている技の大きさやダイナミックさに、ロシアペアのようなスケーティングやダンスの能力、ユニゾンの繊細さが加わったような、隋&韓のペア。スロージャンプの大きさを見れば、女性の隋の足に非常に負担がかかることは容易に想像できますし、実際に隋は故障により何度も戦列を離れ、苦しい時期を過ごしていたことがあります。ここから先は、故障のない状態で競技生活を続けられますように。

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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羽生結弦は捧げていく

プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

 
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