「それから」の大阪 第28回

橋の上に現れる屋台

スズキナオ

私たちは、屋台を求めてはいないだろうか

 ある時、今村さんから「屋台に関する本を作っているんです」という話を聞き、それからしばらく経った2023年12月に出版されたのが『日本のまちで屋台が踊る』という本だった。

 今村さんのほか、編集者の中村睦美さん、まちづくりアドバイザーとして活動している又吉重太さんの3人の共著として作られた本で、様々なスタイルで屋台を通じた活動をしている人々や、タンザニアの路上商人「マチンガ」の研究でも知られる文化人類学者・小川さやかさん、アナキズムを専門分野とする政治学者・栗原康さんなど、各分野の専門家へのインタビューを通じて屋台の存在意義や可能性を掘り下げる内容になっている。

今村さんを著者の一人として、2023年12月に出版された『日本のまちで屋台が踊る』

 本の中で取り上げられている屋台には様々な種類のものがあるが、本書では、屋台という商いの形式についてよりも、屋台が存在することが人や街に対してどのような影響を与えるかという点がテーマの中心になっていると思えた。

“屋台”と聞くと、私は真っ先にラーメン屋台を思い浮かべる。東京に住んでいた幼い頃(30年以上前のことだ)、住まいの近くによくラーメン屋台が通り、チャルメラの音色が聞こえると父か母が表に出て行ってそこからラーメンを買ってきたのを覚えている。幼心に、移動するお店というのはどこか非日常的な、胸をときめかせるものがあった。

 それから時が経つにつれ、東京都内で屋台を見かける機会はどんどん減っていったが、それでも、10年ほど前までは街歩きの途中でたまに見かけた気がする。JR飯田橋駅近くにラーメン屋台が出ているのを見つけ、嬉しくなって食べたのはここ5年以内のことだと思う。

 しかし、屋台がどんどん姿を消しているのは間違いのないことである。今、屋台で飲食しようと思えば、大きなお祭りやイベントにでも出かけるか、福岡県・博多など、屋台が観光資源化しているような限られたスポットに足を運ぶしかないだろう。

 にもかかわらず、私たちは相変わらず屋台を求めてはいないだろうか。グルメレビューサイトが普及し、飲食店が点数や口コミの多さで評価されるのが当たり前になった今でも、お祭りの屋台の前に人は列を作るし、駅前に屋台のちょうちんが灯っていれば、コンビニでだって買えるラーメンだのおでんだのをそこで食べて行く人がいる。ふいに現れる屋台という存在に、私たちは固定した街並みとは別の価値を感じているのだと思う。

 考えてみれば「橋ノ上ノ屋台」は、商売のためにやむなくあの場に出されているものではない(だとしたらもっと別のやり方がありそうだ)。笹尾さんも今村さんも、わざわざ毎月あの場所まで屋台を運ぶからには、屋台という形式だからこそ発生する楽しみを見出しているのだろう。あの路上での営業を通じてどんなことを考えているのか、じっくりと話を聞いてみたいと思った。

 そこで、今村謙人さんに改めて連絡を取り、お話を伺うことにした。

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 第27回
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

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プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

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