「通報があったので移動してください」
その日、大浪橋の上のどこかで19時頃から屋台を出しているらしいということだけはわかっていたのだが、大正駅から歩いて橋まで行ってみても何も見つからなかった。
後で聞いたところによると、その日は屋台の移動に時間がかかっていたそうで、いつもより遅いスタートになったとのこと。駅周辺をしばらく散策してから戻ってみると、橋の上の浪速区側にほど近いあたりに明かりと人影が見えた。
近づいていくと、人が一人で収まるのにちょうどいいサイズの屋台が2基、距離をあけて向かい合うように設置されている。
笹尾さんが立っている方の屋台では、お燗した日本酒にふぐのひれを入れた「ひれ酒」を提供していて、もう一基の屋台では、チャーシューを串焼きしたもの、ししゃもを焼いたものなど、簡単なつまみが提供されているらしかった。そちらの屋台は今村謙人さんという方が担当している。この「橋ノ上ノ屋台」は、笹尾和宏さん、今村謙人さんの二人によるものなのだという。
コンパクトな屋台の下部にはタイヤがついており、このまま押して移動できる。今日も二人でここまで押して運んできたそう。
温かいひれ酒をいただきながら笹尾さんに聞いたところによると、屋台は2基とも今村さんが作ったもので、今村さんは長年にわたって屋台を使った活動をしてきた方なのだとか。
「橋ノ上ノ屋台」は、2022年4月から月1回のペースで続けているそう。基本的にはSNSの限られた範囲でしか開催日時の告知はしていないが、通りかかった人がふらっと立ち寄るのは大歓迎らしい(たまたま見かけてお酒を一杯飲んで行く人も実際にいるんだとか)。内輪の、クローズドな場として楽しみたいわけでは決してなく、路上の屋台がそうであるように、誰にでも開かれたものを目指しているとのことだった。
私が立ってお酒を飲んでいる横を、歩行者や自転車に乗った人がたくさん通っていく。笹尾さんも今村さんも、人が通るたびに「こんばんは」と声をかけており、その姿勢は参加者の間にも自然に共有される。
公共空間の活用法を探求している笹尾さんも、各地で屋台を使った活動をしてきた今村さんも、それぞれ法律や条例に詳しく、この屋台も露店営業の許可を取得した上で出しているという。とはいえ、橋を通行する人が邪魔だと感じたり、騒がしいと思って通報すれば警官が様子を見に来ることになる。
そしてそうなると、警察側の対応としては「通報があったので移動してください」と要求することになり、笹尾さん、今村さんとも、そこで争いたいわけではないらしいから、そういう場合は速やかに移動するのだそう。「すぐ動かせるのが屋台のいいところなので」と、笹尾さんが飄々とした口調で言っていたのが印象的だった。
その日は後に予定があってあまり長く居られなかったのだが、妙に余韻の残る時間になった。数時間後に笹尾さんから連絡が来て、私が去った後しばらくして、警察が来たために速やかに撤収したとのことだった。
それ以降も、私はスケジュールが合えば「橋ノ上ノ屋台」の様子を見にいくようになった。その時々でそこに集まってくる顔ぶれも異なり、思わぬ出会いがあったりして、いつ行っても楽しいのである。
2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。
プロフィール
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。