ウクライナの「戦場」を歩く 第9回

地下に約50日間いた母娘の体験

伊藤めぐみ

■「明日は何をしようか」と話していた侵攻前夜

滞在所の責任者が紹介してくれたのは、マリウポリの地下シェルターで50日近くを過ごしたという一家だった。

金髪ショートヘアのイリーナ・グリンチュクさん(47歳)と、後日、別のタイミングで話を聞かせてもらった娘のビオレッタさん(29歳)だ。

二人から話を聞けたことで、よりその体験のリアリティーが感じられることとなった。

イリーナさん。4月25日に筆者が撮影

母のイリーナさんはマリウポリでブティックを経営していた。当時、アパートで一人暮らしをしていたが、侵攻が始まって1週間ほど経った頃、周辺でも戦闘が激しくなり、別れた夫と娘の住む家に飼い猫を連れて逃げることにする。3月2日のことだった。

「砲撃の中を走って逃げました。路上に死体がありました。そんな光景を見るのは初めてでした。道には誰もいないんです。地獄のようでした。神に祈りながら走ったんです」

娘のビオレッタさんは当時の様子をこう話す。

娘のビオレッタさん。4月27日の八尋伸・撮影動画より

「侵攻が始まる前の日は、『明日は何をしようか』って普通に話していたくらいでした。もちろんニュースではいろいろ言ってはいました。

最初、お父さんは『避難しない、何も起きない』と言い張っていたんです。おばあちゃんもお父さんが避難しないなら自分も行かないと言うので、私が避難するようにみんなを説得しました」

一家は、合流したイリーナさんとともに近所の家の地下シェルターに避難した。娘のビオレッタさんは言う。

「地下シェルターに向かう途中、塀沿いに歩いていたのだけれど、しばらく行くと塀が崩れ、犬小屋も壊れて民家の壁に大きな穴が空いている場所がありました。もし数分違っていたら私たちも巻き込まれていたかもしれません。

歩いている最中に砲弾か何かが落ちてきて、衝撃で飛んだ泥をかぶったこともあります」

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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