WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第7回

不屈のボスニア魂

サフェト・アリバシッチ 激動の時代に、シッティングバレーボールと出会う

黒川祥子
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 激しい内戦下、このトンネルを通って国際試合へ出場を果たした人たちがいた。それが、シッティングバレーのボスニア代表だ。人一人がやっと通れるほどの狭さのトンネルを、足に障がいを持つ人たちが歩いて「外」を目指したのだ。

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 ボスニア・ヘルツェゴビナという、経済的にも貧しく、人口も多くない小国がなぜ、シッティングバレーという競技では世界の頂点に立ち続けているのだろうか。

 それが、サフェト・アリバシッチを取材するにあたり、ディレクター・大久保瑞穂が重要な切り口としたテーマだった。ボスニア・シッティングバレーの強さの原点は、一体どこにあるのか。

 その鍵を握る人物が、ボスニア代表監督のミルザ・フルステモビッチだ。ボスニアにシッティングバレーを普及させ、代表チームを世界一に導いた名監督だ。

 小児マヒで足に障がいがあるミルザは1980年代、シッティングバレーのユーゴスラビア代表メンバーだった。

「ここサラエボで、シッティングバレーが始まったのは1982年頃。仲間と一緒に『サラエボ』というチームを立ち上げたんだ。当時はクロアチア、スロベニア、マケドニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロの各共和国にチームがあり、その間で大会が実施されていた。その優勝チームが、ヨーロッパ選手権に出場するんだ。それ以外にユーゴスラビア代表の活動があり、私は86年から代表選手だった」

 ミルザ自身、シッティングバレーを通して多くのことを学び、実践してきた。そこに戦争が起きた。

「最初は小競り合いから始まって、そんなに長期間、戦争が続くなんてちっとも思っていなかったよ。だが結局、戦争は95年末まで続いた。私の役目は、あの恐ろしい状況の中で、負傷者の対策を組織化することだった。当時は生きていればまだマシで、それでも食料が不足するなど深刻な事態になっていた。そこにどんどん、前線から負傷した若者が帰ってくるんだ」

練習場所へ行く交通手段さえ無いなかで

 戦争はシッティングバレーの環境を否応なく変えた。

「あちこちの地区で負傷した人間が増えたんだ。今日、前線から生きて戻ってきたが、足を無くした。そういうハンディキャップを負った若者たちがたくさんいた。彼らにとっては2、3日前と生活が全く変わってしまったんだ。そうした青年たちのために、できるだけ早くインフラを整備してあげないといけないと考えた」

 前線で戦った兵士だけではない。市民が犠牲になるケースも多々あった。

「彼らは目の前で爆弾が爆発して、何日も経っていない。戦争で怪我をして障がい者になって、生活が激変してしまう。そういうことが、短時間のうちに多くの若者に起きたんだ」

 ミルザたちはサラエボに「障害者スポーツクラブ」、略して「SPID(スピード)」を立ち上げた。そして負傷者を治療する病院などに出向き、医師に話をし、患者向けにスピードの連絡先などを書いた紙を貼った。

「シッティングバレーに関心のある人は連絡してほしい」

 病院では、どんなスポーツなのかが一目でわかるように、プレーを紹介するビデオも上映した。

「当時、われわれもよくやったと思うよ。というのも、交通手段がないんだよ。だから、どうやって練習場所まで行けばいいのかを、応募者に教えるところから始まったんだ」

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

プロフィール

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。息子2人をもつシングルマザー。

 

 
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