WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第7回

不屈のボスニア魂

サフェト・アリバシッチ 激動の時代に、シッティングバレーボールと出会う
黒川祥子

 戦争も2年目になると、砲弾に怯えるだけの生活に変化が訪れる。

「最初の年は生存することで精一杯だったが、人々はそれに慣れて、壁に囲まれたスペースなどで、スポーツなど楽しめることを始めるようになったんだ。一種の環境適応、あるいはサラエボ市民の生活方法の変化とも言える。生き残る、凍死しないという最低限の目標から、環境に対応して生活が変化したわけだ。それは士気を養うことにつながった。生活に必要なものを確保するのが難しい状況は続いていたものの、93年ぐらいから、ゆっくりとスポーツなどに目を向けて行ったんだよ」

 スポーツだけではない。トンネル博物館には紛争時に行われていたコンサート、演劇、バレエ、サッカーはじめ各種スポーツのフライヤーが貼り出されている。スナイパーが狙う通りを、身を守りながら通り抜け、サラエボ市民は劇場やスタジアムに向かったのだ。

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 アイルランドのロックグループU2とイタリアのオぺラ歌手、ルチアーノ・パバロッティがコラボした楽曲「ミス・サラエボ」では、紛争下に行われた「ミス・コンテスト」を歌っている。そのミュージック・ビデオには、にこやかに微笑む水着姿の女性たちが、「Don’t Let Them Kill」と書かれた横断幕を掲げた姿が映し出される。

 戦況下であっても美しくいること、楽しむこと、そうやって日常を生きることが、サラエボ市民にとっての反抗であり、戦争への抵抗だった。

 シッティングバレーも同じだ。足に障害を負った人たちが戦火をくぐり抜けて夜な夜な集まり、トレーニングを行った。

「シッティングバレーの練習に、あちこちから集まってきた。その当時は13人か14人。サラエボの外からもやってきた。もちろん、みんな、障がい者だが、自分の町ではシッティングバレーができる環境がなかったからだ」

PTSDに苦しむ若者たち

 紛争2年目の93年には、最初のシッティングバレー大会を開催するまでとなった。クラブチームは「スピード」ただ一つ。

「その大会に出場する若者は、激戦地だったドブリニャ地区から何キロもの道を歩いて来なければならなかったし、郊外のフラスノ地区から来た若者もいた。クラブは一つだけだったから。これが『スピード』の始まりだよ」

 「スピード」の設立は、1994年。最初は10人ほどのメンバーだったが20人、30人、40人、50人と増えて行った。失意のどん底に突き落とされた若者たちが、シッティングバレーを通して生き返って行く。障がいを負った人たちのリハビリと社会復帰が、クラブ設立の目的だった。

 今は「スピード」の事務所になっている部屋で、ミルザたちはバレーボールのトレーニングを始めた。

「スポーツをするには狭い部屋だったけど、まあ、トレーニングはできたよ。トレーニング中、近くに爆弾が落ちてガラスが割れたこともあった。その割れた窓にはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のシートを張って、寒さをしのいだよ。ここだって危険だったし、ここへの行き帰りでは、爆弾かスナイパーからの攻撃を避けなければならなかった」

 それでもメンバーは集まってきた。突然、障がい者となってしまったPTSDに苦しむ若者たちだ。

「みんな戦争で、身体の一部を失った。家に閉じこもり、何もすることがない連中だった。だけど、ここにきている間は煩わしいことを考えなくて済む。嫌なことを忘れるためーー、それが『スピード』の始まりだった」

 ミルザたちはサラエボだけでなく、ゼニツァやトゥーズラなど中部の諸都市と連絡を取り、それらの都市でも「スピード」と同じようなプロジェクトを始められるように働きかけて行った。

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

プロフィール

黒川祥子
東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)など。息子2人をもつシングルマザー。
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