ニッポン継ぎ人巡礼 第4回

日本の宝「藍色」を守るために。新たな産業として藍染に挑む人たち

甲斐かおり

「徳島で藍を研究せずして、どこでするんだ」 

吉原さんが所属する「徳島県立農林水産総合技術支援センター」とは、いわゆる農林試験場で、農作物の栽培効率を上げる研究を行うための機関だ。野菜や果樹などの品種はいくつも開発されてきた一方で、藍の研究はほとんど行われてこなかった。

吉原さんは勤め始めてすぐの頃、所内で藍の研究をするべきだとプレゼンしたことがあったそうだ。しかし「誰がそんなことを望んでいるのか?」と総スカンだった。

「藍だけ研究していてもビジネスとして弱いと思われているからです。うちの使命は、農家が潤うための研究をしないとならない。その可能性が藍にはないとみなされているのです。でも考えてもみてください。これだけ県として藍染をPRしながら、地に足のついた研究をしないのは、私からみると二枚舌に見えます。徳島で研究しないで一体どこがやるんだと」

徳島県は阿波藍、藍染を伝統文化としてPRに利用しながら、産業として育てようとはしてこなかった。足元の農業技術や地に足のついた開発をしてこなかったという意味だ。

藍にこだわったせいかどうか定かでないが、吉原さんはすぐに県庁へ転勤になり、いくつかの職場を転々として、10年間は今のポジションに戻ってこられなかった。その間も藍に関する産業化の相談にのりながら、自主的に藍の研究を続けてきた。2021年開催の東京オリンピックで、エンブレムが藍色になったのを機に藍に注目が集まったことが、戻れたきっかけではないかと話す。ところが2024年4月には再び異動になった。

「私も藍染に魅了された一人で、スクモや伝統的な本藍染の文化は守りたい。でも守るためには、スクモだけじゃ限界があります。沈殿藍を含め、いろんな形で藍産業を活発化させないといけない。世界ではむしろ沈殿藍のほうが主流です。そのデメリットを改善する方向で研究開発をして、タデアイの沈殿藍を普及させたい。藍はもっともっと多くの可能性を秘めていると思います」

徳島では伝統的な染色方法を保護するあまり、藍に関する革新的な研究は始まったばかりだが、ほかの地域に目を向ければ、青森の「あおもり藍産業協同組合」など、藍葉を乾燥させて粉末化したもので染色液を作る手法も開発されている。従来の20分の1以下の時間で藍染めが可能になるという。

沈殿藍を天然漆に混ぜて木に塗ったもの(木漆作家、北村真梨子作)。研究室には、沈殿藍で着色した漆喰やプラスチックなどの試作品があった。
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プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

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