ニッポン継ぎ人巡礼 第4回

日本の宝「藍色」を守るために。新たな産業として藍染に挑む人たち

甲斐かおり

見えない世界の神秘

研究者である吉原さんがそこまで藍にこだわる理由は、藍染の不思議さ、神秘にあるという。実際、藍に関わる人たちの話を聞かせてもらうと、藍染の奥深さ、神秘に魅了されたと語る人が多い。染め液に浸した布が空気にふれ、ふわーっと青色に変化していく様は確かに神秘的だ。

スクモという藍の染料をつくる工程と、スクモをつかって染め液をつくる工程で二重に発酵の力を借りる。菌のはたらきは、人が100%コントロールできない。

そして、その色あい。
藍色とひと口にいっても、色の名前は無数にある。瓶覗(かめのぞき)、浅葱(あさぎ)色、青竹色、縹(はなだ)、露草色、瑠璃色、勝色(かちいろ)……と、日本人はいかに微細な藍の色の違いを慈しむ目と心を養ってきたものかと思う。

化学染料で染めたものと、天然染めの違いを関わる人たちに聞いてみると「色の深さが違う」という。それも時が経つほど、違いが顕著になると。筆者自身にも次第に、天然藍と化学染めの違いがわかるようになってきた。ベタッとした単色のインディゴが化学染料によるもので、天然染めのほうは光の当たり具合によって揺らぎがあり、その分深みがあるように見える。

光の具合によって見え方が変わる、「Watanabe’s」の天然灰汁建てによる本藍染の藍色。色に深みが感じられる。

この深さがどこから来ているかといえば、化学的にも説明ができる。天然染めには、インディゴ以外にも、赤や茶色などさまざまな色素が含まれる。「複雑色」なのだ。そのため光や見る角度によって、多彩な色が目に映る。それが奥深さとなり「美しさ」と捉えられる。

効率化を目指す「Watanabe’s」の渡邉さんも、菌の働きによる藍染には、人知を超えた力が働いていると話した。

「人間が意図的に行うことより、菌の働きに依る部分が大きいんです。だから、いかに菌によく働いてもらうかが大事。以前は、染めるとき“俺の色に染めたい”といったエゴが強かったんです。でも今はできるだけ自分のエゴを消すことを心がけています」

藍甕の中には無数の菌がいて、どの菌がどういう働きをしているのか、科学的に解明されていないことのほうが多いという。

「乳酸菌だけでも、科学的にわかっているのはたったの500ほど。それ以外にも無数の菌がいるので、菌の作用を人の言葉で説明しようとすると、自分たちが感じていることより、伝えられないことの方が多いんです。出力が下がる。
たとえば、染める際のこちらの気持ち一つで、染めの状態がよくもなるし悪くもなることに気が付くんですね。自分がストレスなく機嫌よく染めたときは、いい色が出るのに、イライラしていると仕上がりの色が酷いものになったりする。何がどう作用しているのかはわからないけど、染め手の状態が菌に影響しているってこと。言葉では説明のつかないことが実際に起こります」

スクモの切り返しが終わるたびに神様の依代をムシロの上に置く。
毎回切り返しが終わると皆で手を合わせる。ロジカルにデータを取ることと祈ることが共存する世界。

「伝統手法」を盲目的に守るのではなく、菌の動きなど自然の摂理をよく観察して最適解を見つけようとするところに、菌との付き合い方のヒントが隠されているのだろう。

冒頭のStony Creek Colorsのように、海外では藍を産業として活用する道がどんどん進んでいる。従来の化学染料が環境にかける負荷が大きいこと、発がん性物質など有毒な成分が含まれることは明らかで、アパレル界では新たな道が必要とされている。

藍染に限らず、世の中のものづくりは石油由来のもの、化学的なものから一気に舵を切り、天然材への置き換えが始まっている。だが日本は、得意としてきた天然染色を活用する上で、かなり遅れを取っていると言わざるを得ない。

伝統的な手法を文化のピラミッドの頂点に置きながらも、中間層で生産量を増やし、天然染料をより広く広める方法が求められているのが今だ。

これまでは「お金にならない、将来性がない」「伝統だから変革はできない」という理由で、研究を進めることができなかったとしても、藍染には今なお多くの人を惹きつける力があり、愛好家をはじめ藍染の染色家を志す人は後を絶たない。

藍染の質を高めながら広く伝達していくこと。そのための挑戦を始めている人たちがいることに、希望を感じる。

取材・文/甲斐かおり

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 第3回

プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

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