猫の人気と韓国社会の変化
つまり20年前と今とでは、韓国における猫の立ち位置はずいぶん変化した。『子猫をお願い』という映画を理解するうえで、それは知っておいたほうかいいかもしれない。
チョン・ジェウン監督も、今年4月に刊行された『子猫をお願い:20周年アーカイブ』に関するインタビューで、当時の猫をめぐる状況を振り返り、「スタッフたちの最大のミッションが『猫を探すこと』でした」と語っていた。
https://ch.yes24.com/Article/View/49552
当時からペットショップはあったが、そこで売られているのは犬ばかりだった。そんな「不人気な猫」をあえて監督が選んだのには、もちろん理由があってのことだ。当時の映画紹介記事などを読み返していたら、こんな一節があった。
「大部分の人が好きな犬とは異なり、猫は韓国社会で偏見の対象である。その点で5人の主人公と猫はよく似た存在である」(2001年9月27日付、『東亜日報』)
また、記事ではチョン監督自身の言葉も紹介されている。
「野生動物とペットの妙な境界線にある猫が、ちょうど家庭の枠を外して社会に出ようとする20歳の女性たちに似ている」(同上)
一般的には不人気な猫だったが、チョン監督自身は幼い頃から猫を飼っており、その魅力を十分に知る人だった。韓国にも昔から少数ながら猫派はいた。猫をよく知る監督は、その柔軟なイメージを若い女性たちに重ねた。
たとえ世間から疎まれようが、猫のように柔軟に生きようじゃないか。
チョン監督が映画を通して女性たちに届けたかったメッセージは、ペ・ドゥナが演じるテヒというキャラクターにもっとも力強く反映されている。
ポン・ジュノの犬とチョン・ジェウンの猫
ところでペ・ドゥナといえば、『子猫をお願い』の前作である『ほえる犬は噛まない』(2000年、ポン・ジュノ監督)で、日本の映画ファンなどからも高い評価を受けていた。
「犬の次は猫ですか!」
犬猫映画が人気の日本では、そんなことも話題になったようだ。
私は以前から「韓国で猫の人気は、社会の変化に連動している」と言ってきたのだが、よく考えたら犬も同じなのかもしれない。猫の人気が少しずつ高まる以前に、韓国では犬をとりまく状況も大きく変化していた。
『ほえる犬は噛まない』はポン・ジュノ監督の長編デビュー作であり、高層のアパート団地という韓国人の新たな生活空間を舞台にした映画だ。80年代のソウルで本格化した都市再開発と高層マンションの建築ラッシュが、韓国人の暮らしや意識をどう変化させたか、「犬」はそのメタファーとなっている。
このまま犬の話も続けたいのだが、話が散漫になってしまうので戻そう。ただ、ポン・ジュノ監督の長編デビュー作が「ソウルの犬」で、女性であるチョン・ジェウン監督が「仁川の猫」だったというのは、今からふりかえると非常に感慨深いものがある。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。