韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第6回

『子猫をお願い』が描いた、周辺の物語

猫と女性、仁川と在韓華僑
伊東順子

ピリュとオンジョの寡黙さ

 高卒女性ということで差別扱いされるヘジュ、親がいないことで就職差別を受けるジヨン、父親の女性差別的な考えで家業の手伝いをさせられているテヒ。彼女ら3人に比べて、華僑の双子姉妹は寡黙だ。ちなみに韓国の大企業が在韓華僑の人材活用に積極的になり、中華学校の存在が見直されるようになるのは、この映画からしばらく後だ。

 二人が多くを語らないのは、「話したところで、韓国人にはわからない」と思っていたからだろうか。あらためて映画を見ながら、今は釜山で暮らしている友人が言っていたことを思い出した。彼女は在日コリアンだが、最近は韓国でビジネスをしている。

 「南浦洞とかね、子どもの頃に母親に連れて来てもらったから懐かしいんだよね。うん、1970年代。日韓の国交ができてすぐの頃から、母親は日本と韓国を行ったりきたりしていたから。韓国の親戚とも色々なビジネスもして、騙されたりもして大変だった。でも、韓国に来るのは嫌じゃなかったよ。あちこちで可愛い可愛いと言われたから。その頃の韓国はまだ貧しくて、子どもたちも煉炭の煤のせいで、顔が真っ黒に汚れていたから。でも、そういう話を学校の友だちには言わなかった。韓国人であることを隠していたわけじゃないけど、日本人に言ってもわからないと思ったからかなあ。小学校の頃、韓国に行くために初めて飛行機に乗ったけど、それも言わなかった。クラスで飛行機に乗ったことのある子は少なくて、みんな自慢していたんだけどね。学校は大好きだった。まあ家が大変すぎたというのもあるけど、高校の頃は学校にいる時間のほうが楽だった。仲良しの友だちもたくさんいたし。もちろん、彼女たちと自分は違うと思っていたけど」

 

 最初から自分は違うと思っていた。逆に同じだと思っていたのに実は違っていた。両者の描き方は微妙に異なっている。

 ピリュとオンジョについて、チョン・ジェウン監督の表現は控えめだ。それいて必要な説明はされている。たとえば冒頭シーンの二人と祖父母の会話からは、母親が祖父の反対を押し切って、中国でビジネスを始めたことがわかる。それは当時の在日華僑たちの政治的葛藤と世代間における意識差をあらわしている。

 そして1つだけネタバレをするなら、子猫は、最後はピリュとオンジョに預けられる。それも意味深いのだが、はたして5人はその後にどうなったのかが気になる。映画公開から20年余りがたった今、あの時の「子猫たち」はどんな人生を歩んでいるのだろう?

 

 

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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