はしっこ世界論 “祖父の書庫”探検記 第1回

日本の「キュークツさ」から逃れるための3冊

飯田朔

 今回は、日本の「キュークツさ」から逃れるというテーマで本を探してみた。

 ぼくはおととしスペインへ行き、1年間スペイン語を勉強しながら、ある地方都市で生活した。キャリアのための留学ではなく、ここ数年の日本の雰囲気が嫌になり、逃げるようにしてスペインへ行ったのである。そうやって自分の生活してきた国を出てみると、今度は移民や亡命者のような、国の外で生きた人たちや、他国へ行かざるを得なかった人たちが書いた文章を読みたい、と思うようになった。

 今日本の若い人たちを中心に、まだ目立たない形ではあるが「日本脱出」が一つの選択肢として広がってきているように思う。また世界的に、アフリカや中東からヨーロッパへ、もしくは中南米諸国から北米へと移動する移民たちの存在がクローズアップされている。

 そんなことを念頭に祖父の書庫へ入り、次の3冊の本を見つけてきた。

 ・リチャード・ライト『異教のスペイン』(2002年、原著は1957年刊行、石塚秀雄訳、彩流社)

 ・雑誌「思想の科学第93号 主題 国境を越えた日本人 1978年7月号」(1978年、通巻301号、思想の科学社)

 ・島尾敏雄『ヤポネシア考』(1977年、葦書房)

 これらの本を見つけたのは、昨年祖母の家へ行った11月のある日のこと。ぼくは、東京の吉祥寺駅から井の頭線に乗り、途中小田急線に乗り換え、神奈川県藤沢の祖母の家を訪れた。

 一人で暮らす祖母は、パンの焼き方を人に教えたり、庭で畑を耕したり、「九条の会」の活動をしたり、非常に精力的に、楽しそうに日々を送っている。家へ着くと、祖母は用意していたビーフシチューと甘酢の大根のピクルスを出してくれた。自分で作ったピクルスを気に入っているらしく、おいしいでしょ! と何度もすすめてくる。酢が苦手なのに、この甘酢のピクルスはおいしく食べられる、と自分で語る。

祖母が、ご飯を準備して待ってくれていた

 夕方、祖父の書庫を一緒に見る約束をしていた、編集者のWさんが東京からやってきた。

 書庫で見つけた本を材料に文章を書く、という連載のアイデアを念頭にWさんは見に来てくれたのだが、二人で母屋の横にある書庫に入ってみると、中はほこりっぽく、本の量がぼう大で、ぼくはだんだん疲れてきて、Wさんも口数が少なくなっていった。

 と、その時、Wさんが本棚からある一冊を取り出した。リチャード・ライト『異教のスペイン』。アメリカの黒人作家ライトが1950年代に独裁政権時代のスペインを旅行し、書いたルポルタージュである。

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 「無職」の窓から世界を見る 第1回
「無職」の窓から世界を見る 第2回【前編】  
はしっこ世界論

30歳を目前にして、やむなくスペインへ緊急脱出した若き文筆家は、帰国後、いわゆる肩書きや所属を持たない「なんでもない」人になった……。何者でもない視点だからこそ捉えられた映画や小説の姿を描く「『無職』の窓から世界を見る」、そして、物書きだった祖父の書庫で探索した「忘れられかけた」本や雑誌から世の中を見つめ直す「“祖父の書庫”探検記」。二本立ての新たな「はしっこ世界論」が幕を開ける。

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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日本の「キュークツさ」から逃れるための3冊