特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第11回

『羽生結弦は捧げていく』高山真が振り返る2019年世界選手権(ショート編)

高山真

●トリプルアクセルを着氷後のトランジションであるツイズルを実施した後も続くステップ。そこから助走を二蹴りして、Uターンするように方向転換。

 そして、低音から高音へとドラマティックに盛り上がっていくピアノの音に合わせ、リンクの中央に向かってツイズル。ここから、4回転トウからトリプルトウのコンビネーションのトランジションが始まっていくと私には感じられます。

 リンクの端で方向転換をしますから、実質リンクの長辺部分を往復するような、非常に距離の長いトランジション。ツイズルのような回転形の要素、エッジの切り替えしが美しいステップ、ムーヴズ・イン・ザ・フィールドであるベスティスクワットイーグル……、多種多様なエッジワークをこれでもかと盛り込んだトランジション。「このトランジションは、多くの選手のフリーにおけるコレオシークエンスよりも密度が高いかもしれない」と思うほどでした。

 4回転のトウから、両手を上げた状態でトリプルトウ。トリプルトウの着氷で、ややエッジが氷に弾かれたような形になったのを瞬時に抑え、着氷後のトランジションであるアウトサイドのイーグルへ。

●次の要素であるフライングキャメルスピンは、コンビネーションジャンプからほぼダイレクトに入っていると言っても過言ではないプログラムデザイン。「コンビネーションジャンプは絶対に成功する」という前提、自信がないと、こういう構成にはできないと思います。

 キャッチフットからドーナツポジションに移行する際、そしてドーナツポジション中にエッジをつかんでいない腕をスッと上に上げるときの、音楽との同調性も素晴らしい。上に上げたアームが、なんと言いますか、音楽をリードする指揮棒のようにも感じられたほどです。

●次の要素の足替えのシットスピンに行くまでの、まったく隙間のないトランジション。スピンそのものも、フライングやポジションの変化など、さまざまなバリエーションを入れているのに、豊かで、かつ一定のスピードを保っている。

 冒頭の「サルコーを跳ぶ前の、リンクの短辺を往復するほど長いトランジション」から、「ふたつのスピンの要素をつなぐ、隙間のないトランジション」まで、目くるめくような多彩なエッジワークが駆使され、そのどれもが、

「氷を蹴りもせず、体のどこにも力が入っていないように見えるのに、どんどんスピードアップしていく」

 という、すさまじい構成。おかしな言い方かもしれませんが、「ステップシークエンスに行く前に、もうステップシークエンスを見せてもらったよう」な気分になったほどです。

 

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

関連書籍

羽生結弦は捧げていく

プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

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『羽生結弦は捧げていく』高山真が振り返る2019年世界選手権(ショート編)