ここからは、羽生結弦のほかに、ショートプログラムで強く印象に残った選手の演技を、順位が上の選手から綴っていきたいと思います。
◆ネイサン・チェン(ショート1位)
ネイサン・チェンの演技を生観戦できたのは平昌オリンピックと2018年10月のジャパンオープン以来です。
オープニング、打楽器のリズムから『キャラバン』の印象的なフレーズが始まるのに合わせた、左足のフォアアウトサイドエッジの大きなカーブで、ネイサンが平昌オリンピック以降、スケーティングを磨くことにも非常に力を注いできたことが見て取れました。
2018-19年シーズン、ネイサン・チェンにとっての初戦、スケートアメリカのジャンプ構成は、実施順に、
「トリプルアクセル、単独の4回転フリップ、トリプルルッツ+トリプルトウのコンビネーションジャンプ」
でした。
そして世界選手権のショートプログラムのジャンプ構成は、
「トリプルアクセル、単独の4回転ルッツ、4回転トウ+トリプルトウのコンビネーションジャンプ」
でした。
スケートアメリカは4回転フリップがステップアウトしたので、コンビネーションジャンプは確実性をとって、演技中に「4回転は入れない」と判断したのかもしれませんが……。
私が何よりも感銘を受けたのは、「ネイサンが初戦から確実に1段ずつギアを上げてきて、シーズンでもっとも大きな大会である世界選手権にきっちりピークを合わせてきた」ことでした。
どの選手もそもそも「ノーミスで行うこと自体、至難の業」と言えるほど、マックスな構成を組んできています。
「いちばん大切な大会で、シーズンでいちばんいい出来の演技をする」こと――。これは本人だけなくコーチ陣も一丸となっての体調管理やメンタルコントロールが求められることだと思います。
それをこの大会で見せてきたネイサン・チェンの「チーム全体としての底力」をあらためて感じました。
突出したダンスの能力は健在。少々おかしな希望かもしれませんが、
「スケーティングスキルが伸びた今のネイサンが、前シーズンの傑作『ネメシス』を、試合ではどのように滑るか見てみたい」
と、スタンディングオベーションをしながら考えていた私です。
『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。