対談

「日本の劣化」を食い止めるカギは「森のようちえん」にある!?【後編】

宮台真司×おおたとしまさ

いま日本中で急速な広がりを見せている、注目すべき幼児教育のムーブメントがあります。自然のなかで子どもたちを自由に遊ばせながら育てる幼児教育・保育活動、通称「森のようちえん」です。そんな森のようちえんを教育ジャーナリスト・おおたとしまささんが徹底取材し、集英社新書『ルポ 森のようちえん』にまとめました。

実は、同書を大絶賛しているのが社会学者の宮台真司さん。宮台さんはこれからの日本社会の希望を「森のようちえん」に見出しているとのことですが、いったいどういう意味なのでしょうか? 幼児教育や子育てを通して、これからの日本社会が変わっていく可能性があるのでしょうか? おおたさんと宮台さんによる白熱の対談、後編をお届けします。
 

社会学者・宮台真司氏(右)と教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏(左)

おおた 後期プラトンのころの社会が複雑すぎるというのなら、現代社会はそれとは比べものにならないくらい複雑になっているわけで、もう逆戻りはできないってことでしょうか?

宮台 どこの水準で逆戻りするかにもよるけれど、僕は逆戻りできると思う。だからこそ、「まず民主制のユニットサイズを小さくしろ」って、「原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求」の請求人だった十年前から言ってきたでしょ。

ルソーが「民主政の条件はピティエ(憫み)」と言う。皆が他の成員がどんな状態にあるか①わかって②気にかけること。それがないと損得とデマで動員する政治になり、動員リソースをもつ勢力が勝つ。だから大規模な代議制に反対した

おおた いまの民主主義がまさにそうなっていますよね。

宮台 そう。「一般意志」が民主政で集約されるのは、自分はよくても「あの人はどうかな、この人はどうかな」と①わかって②気にかけつつ、決定にのぞむ場合だけ。だから民主政の規模に限界がある。ルソーは2万人が限度だとみた。

自分はよくても「あの人はどうかな、この人はどうかな」と①わかって②気にかけつつ決定にのぞむ場合、最終手続きは多数決でもクジ引きでも王様のお触れでもいいとした。どのみち決定の副作用を手当てする用意を皆がもつからです。

人類学が役立ちます。ポリネシアの部族にはトーキングチーフがいます。部族全体の意思決定について皆で三日三晩語り合う。部族内の争いをどうするかとか、隣の部族と戦争するかとか。その間、トーキングチーフはずっと黙っています。

最後に「すべての意見を聞いた。皆の意見はよくわかった。だから私はこうしようと思う」と告げる。そのとき、トーキングチーフの語りは権威を帯びます。権威とは「そのひとが言えば皆が自発的に従う」ことを意味する概念です。

その権威は、皆がどうなるかを①わかって②気にかけつつ、最善の決定をなす力が信頼されているってことです。だからトーキングチーフの語りが「皆の意志(一般意志)」だと体験される。多数の意志でもチーフの意志でもなく。

人類学デイヴィッド・グレーバーも、自由主義者ノーム・チョムスキーも、ミニサイズの民主政を回せと訴えます。社会学者宮台も「民主政のユニットを小さくし、その上でユニット間で有機的に連帯するしかない」と訴えてきました。

ユニット間の有機的連帯を要件に加える点が、無政府主義と社会学主義の違いです。無政府とは中央政府の廃止です。でもそれだと中東やアフガンの軍閥闘争みたく「ユニット間ホッブズ問題」が生じると社会学者デュルケムは考えます。

だから、無政府主義=国家を否定する中間集団主義に対し、社会学主義=国家を否定しない中間集団主義を主張したんですね。国家が有機的連帯を調整するわけです。でも今日のテック水準を前提にすれば、両者の違いは縮小しつつある。

食の共同体自治にせよ、エネルギーの共同体自治にせよ、今日ではテクノロジカルな相互連携と市場での分業が不可欠で、他ユニット群との有機的連帯を考えない共同体自治は不可能。だからかつてのような軍閥闘争は心配ないんです。

しかも国家が有機的連帯を触媒するかどうかも、国家の性質次第。劣化した日本みたいに、すべてを中央で決定しようとする国家は、有機的連帯を妨害するから、むしろないほうがいい。国家が許されるとしても、緩やかな連邦としてです。

これを「補完性の原則」という。自分らでできることは自分らでやり、それが難しいことについては、少しユニットサイズが大きな行政レイヤーがやり、それでも難しいことについては、さらにユニットサイズが大きな行政レイヤーがやる。

最大の行政レイヤーが国家かというと、そうじゃない。国家がやるのが難しいことについては、国家よりユニットサイズが大きな国家連合がやる。これがEU(欧州連合)の理念です。理念上、国家連合の連合として世界政府が構想される。

逆向きにいえば、世界政府を頼りすぎず国家連合が自立し、国家連合を頼りすぎず国家が自立し、国家を頼りすぎず自治的共同体municipalityが自立すること。依存より自立が大事で、自立の最小単位は個人より自治的共同体(仲間)です。

さらにこれを逆向きに言えば、クサイ言葉でいうと「人間力」を使うということです。仲間の誰が困っているのかを①互いに把握し②互いにケアできる状態にしておく。それを補完すべく、市場や、テックや、レイヤーごとの行政がある。

市場も、テックも、レイヤーごとの行政も、共同体自治の補完装置として機能的に等価です。だから、テック水準があがると行政の出番がさがる。その意味で、さっき話したように、無政府主義と社会学主義の差異は消えつつあるんですね。

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プロフィール

宮台真司

1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。1995年からTBSラジオ『荒川強啓 デイ・キャッチ!』の金曜コメンテーターを務める。社会学的知見をもとにニュースや事件を読み解き、解説する内容が好評を博している。著書は『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『日本の難点』(いずれも幻冬舎)、『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『社会という荒野を生きる。』(ベスト新書)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』(共著、ジャパンマシニスト社)、『音楽が聴けなくなる日』(共著、集英社新書)など多数。

おおたとしまさ

1973年東京都生まれ。教育ジャーナリスト。1997年、株式会社リクルート入社。雑誌編集に携わり2005年に独立。数々の育児誌・教育誌の編集に携わる。新聞・雑誌・Webへのコメント掲載、メディア出演、講演多数。著書は『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『受験と進学の新常識』(新潮新書)、『麻布という不治の病』(小学館新書)、『いま、ここで輝く。: ~超進学校を飛び出したカリスマ教師「イモニイ」と奇跡の教室』(エッセンシャル出版)、『名門校「武蔵」で教える東大合格より大事なこと』『ルポ森のようちえん』(いずれも集英社新書)、『ルポ名門校 ――「進学校」との違いは何か?』(ちくま新書)など70冊以上。

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