ニッポン継ぎ人巡礼 第3回

世代を超えて若者をも魅了する、石見神楽の世界

甲斐かおり

神の国、島根。よくそう耳にするが、神話の中だけの話だと思っていた。ところが島根県西部の石見では、神様の登場する神楽が人々の生活に当たり前のように浸透している。
石見には社中(神楽団体)が今も150近く存在し、毎週のようにどこかで神楽が上演されている。子供や若い人たちが嬉々として参加し、世代間で脈々と受け継がれる。ほかの里神楽とは広がり方がまるで違う。
なぜ、石見神楽はそこまで多くの人を惹きつけるのか。
今も“生きる”芸能として続く理由を知りたくて、島根を訪れた。


子どもからお年寄りまで人気の芸能、石見神楽

ドドン!ドドン!ドドン!ドドン!
大太鼓の合図に小太鼓が重なり、笛が鳴り始める。ピ〜ラー、ヒョロロロ〜〜
大太鼓の奏者が声をはって囃し始める。
神楽らしい空気が場に漂い始めると、神様の面をつけた舞子がおもむろに登場する。

神様は、はじめはゆっくり旋回し、弓矢をかざし舞う。やがて太鼓のスピードが上がり、囃子のかけ声が激しくなると、いかつい面の悪鬼が躍り出る。棒で床をバシバシ叩き、髪を振り乱しながら奇妙に首を動かす。この世のものと思えぬ敏捷な動きに、見ている側は引き込まれる。神と鬼の四人が近づいたり離れたり、すさまじい速度で舞い始めると、もう目が離せない。

石見神楽ではポピュラーな演目「塵輪(じんりん)」の悪鬼。温泉津舞子連中の上演。(撮影/菊井博史 以下同)
神(左)と悪鬼(右)のスピーディーな大立ち回りは目が離せない。

島根県西部に広がる、石見神楽。「神楽」と聞いてゆったりした動作を繰り返す、お能のような芸能だと思ったら違う。もちろん日本には神事を主軸とした神楽が存在し、むしろそちらが原型である。

だが、ここでいう石見神楽はそれとは違い、早いリズム、きらびやかな衣装と面、迫力ある蛇舞を繰り広げる、子どもからお年寄りにまで人気のバリバリ現役の芸能だ。社中(神楽団体)によっては、歌舞伎のような抑揚のきいた口上を延べ、見栄を切り、鋭い太刀まわりを披露する。娯楽として見応えがあり、初めは大して関心なさそうにしていた観光客も、次第に引き込まれ目を離せなくなり、しまいには客席中どっと沸いて拍手喝采の興奮に包まれる、そんな芸能だ。

ただし、広島方面で生まれたショー化された芸北神楽の「新舞」や「スーパー神楽」とは違い、石見神楽は関わる人たちにとってあくまで「神楽」なのである(*1)。

いわゆる学術的な研究書には、この石見神楽の原型となる神事や儀式について記したものが多く、今を生きる人たちがどう石見神楽と関わっているか、その実態を描いた記述はあまり見られない。一体どんな人たちが舞い手となり、なぜこの伝統芸能がこれほど受け継がれ広まっているのか。その理由を知りたくて、何度か島根へ足を運んだ。

(*1)石見神楽の社中もスーパー神楽公演に参加する団体などもあり、その線引きは非常に曖昧だ。ただし、一般的な石見神楽とスーパー神楽は照明や音響などの使い方が異なる。


龍御前神社で見た神楽

私が初めて石見神楽を見たのは、大田市温泉津(ゆのつ)町の龍御前(たつのごぜん)神社で行われた、温泉津舞子連中(ゆのつまいこれんちゅう)の上演だった。観光客向けの公演であり、見せ場がぎゅっと凝縮されている。そのぶん一時間ちょっとで濃い神楽体験ができる。

まず、舞台奥に座るお囃子(はやし)には、大太鼓、小太鼓、笛、手拍子と呼ばれる金属製の打楽器がある。まだ3〜4歳ほどの幼い子も混じって、チャカチャカと手拍子を鳴らし、時折ぽーっと何かに気を取られて手が止まるのが微笑ましい。だがその横で大人が真剣に太鼓を打ち鳴らしている。大太鼓が全体のリード役らしく、声をはって歌い、掛け声をかけたり、合いの手を入れたりと進行していく。

冒頭に紹介した「塵輪(じんりん)」は、悪鬼二頭を神が退治する、軽快な舞が迫力があり、石見神楽の代表的な演目である。

次に、極上の笑みを湛えた面の恵比寿さまが登場する。見ている側も思わずつられて微笑んでしまうような笑顔で客に愛嬌を振り撒き、手を振ったり、客にも振るよう促したり。飴を撒いて場を盛り上げると、客もすっかり嬉しくなり、はじめは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた年配の男性すら、いつのまにか笑顔で手を振っている。

演目「恵比寿」では、恵比寿さまが鯛を釣り上げる。お客さんとの掛け合いも

そうして最後が石見神楽テッパンの「大蛇(おろち)」。長い胴をもつオロチがとぐろを巻いたままゾロゾロと何頭も登場する。17メートルもあるジャバラ胴でうじゃうじゃ埋め尽くされた舞台はそれだけでも迫力あるのだが、数頭が一斉に頭を持ち上げ、互いに絡んだり旋回したりするのが圧巻で、そのたびに客は拍手喝采、会場は騒然となる。スサノオが蛇をお酒で酔わせて退治するという筋書きで、酔ってよろよろと頭を揺らす蛇の動きも見もの。闘いのシーンは笛も太鼓もテンポが早くなりテンションが絶頂に。ついに最後の一頭を退治すると、観客は「おお〜〜〜〜っ!!」と立ち上がらんばかりに身を乗り出し拍手大喝采の渦になる。

境内の舞台いっぱいにあふれる蛇胴。龍御前(たつのごぜん)神社では、毎週土曜日、温泉津舞子連中の舞が見られるほか、石見地域のほか神楽団体の舞が上演されることもある
4頭の蛇とスサノオが戦うシーンは最大のクライマックス
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 第2回

プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

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