はしっこ世界論 「無職」の窓から世界を見る 第1回

「成長物語」を終わらせにきた、クマたち

───映画『プーと大人になった僕』と『パディントン』
飯田朔

2 ふたつの映画について

 

 『大人になった僕』と『パディントン』は、どちらも、クマのキャラクターが人々の前に現れ、いまの世界の問題に向かって果敢に立ち向かう、という不思議な構図が共有されている。人間じゃなく、なぜかキャラクターの目線に比重がおかれ、キャラクターたちの行動が差別や労働問題の乗り越えにつながっていく。

 今回は次のことを考えてみたい。

 なぜ人ではなく、キャラクターが社会問題と闘う姿が描かれるのか。

 二匹のクマが闘っている相手は何なのか。

 こういう映画が作られることから、ぼくたちは何を受け取ることができるのか。

 ここで、本題に入る前に簡単にプーとパディントンの映画の物語をおさらいしたい。

 『大人になった僕』は、作家A・A・ミルンの小説『クマのプーさん』を原作とし、原作の「その後」を描いた物語だ。ぬいぐるみ風のクマのプーと共に少年時代を過ごした主人公クリストファー・ロビンが大人になり、プーと再会する。原題は、『Christopher Robin』で、働きすぎでかつての自分を見失っていた主人公が、プーたちと再会し、「クリストファー・ロビン」としての自分を取り戻す物語だ。監督は、『ネバーランド』(2004)や『007 慰めの報酬』(2008)などで知られるマーク・フォースター。

 ロビンはプーやその仲間たち(虎のティガーや豚のピグレット)と別れて大人へと成長したが、就職先の会社で働きすぎの日々を送っている。ロビンは、理不尽な上司(マーク・ゲイティス)から担当部門の予算を削減する案を出せと言われ、同僚の従業員たちのリストラを考えねばならず、うしろめたさと仕事疲れに悩まされる。そんなところへ久しぶりにプーがロビンを訪ね、かれに「なにもしない」生き方の意義を説くのである。

人形のような質感で描かれるプーと、ユアン・マクレガー演じるロビン(『大人になった僕』より)

 一方、『パディントン』は、作家マイケル・ボンドの小説“パディントン”シリーズをもとにした、ペルーで暮らしていたクマのパディントン(声:ベン・ウィショー)が大地震で家を失い、イギリスのロンドンへ移民として渡ってくる物語。パディントンは、ぬいぐるみではなく動物のクマとして描かれるが、二本足で歩き、人間の言葉を話す。かれは、ロンドンで人間のブラウン一家に拾われ、クマと人間たちの交流が始まる。監督は、この二作で話題になり、今後が期待されるコメディ出身の新鋭ポール・キング。

 『1』では、パディントンがロンドン市民のブラウン一家のもとに居候し、一家との絆を深める過程が描かれる。悪役として、パディントンを剥製にし、博物館へ展示しようとする地理学者の女性ミリセント(ニコール・キッドマン)が登場する。『2』では、すっかり家族の一員になったパディントンがある事件をきっかけに濡れ衣を着せられ、刑務所に入れられてしまう騒動を描く。ヒュー・グラント演じる、落ち目の俳優ブキャナンがパディントンに罪を着せる悪役として登場する。

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“祖父の書庫”探検記 第1回  
はしっこ世界論

30歳を目前にして、やむなくスペインへ緊急脱出した若き文筆家は、帰国後、いわゆる肩書きや所属を持たない「なんでもない」人になった……。何者でもない視点だからこそ捉えられた映画や小説の姿を描く「『無職』の窓から世界を見る」、そして、物書きだった祖父の書庫で探索した「忘れられかけた」本や雑誌から世の中を見つめ直す「“祖父の書庫”探検記」。二本立ての新たな「はしっこ世界論」が幕を開ける。

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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「成長物語」を終わらせにきた、クマたち