はしっこ世界論 「無職」の窓から世界を見る 第1回

「成長物語」を終わらせにきた、クマたち

───映画『プーと大人になった僕』と『パディントン』

飯田朔
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おわりに 「わたしの中のよそ者たち」を描く映画

 

 このふたつの映画は、仕事漬けで頭がかたくなっている大人のロビンが、観客の男の子から「それはおかしいだろ」とツッコミを受ける、これまでよしとされていた「成長」のかたちがより未成熟とされる存在から「待った」をかけられる、そういうひとつの転換の必要性を教えてくれる映画だと思う。

 さて、このふたつの映画から、ぼくたちは、何を受け取ることができるのだろう。

 プーとパディントンの「いきいき」していた姿は、かれらが単に人間から見て外部の架空のキャラクターとして描かれているんじゃなく、人間たちのある種の「分身」として捉えられ、それがいま再評価され活発化している、そういう裏側の構図から伝わってくる感覚なんじゃないか、と考えた。

 観客は、ふたつの映画が描く、どこかノスタルジックなロンドンの中で、この「むかしのわたし」を思わせるクマたちと出会う。

 クマたちは、かつて人が「成長」の構図の中で自分自身から切り捨ててきた、人格の一部分なのかもしれない。

 ぼくには、これらの映画は、人がこれまで切り捨ててきた「何か」が、クマの姿でもう一度ぼくらに会いにきて、自己主張をしはじめる、そんな奇妙な映画に思えた。ここで問われているのは、ぼくたちがそういう自分が捨てたことにしていたぼくたち自身の中に息づく「よそ者」を、もう一度「わたし」の一部として受け入れられるかどうか、ということだと思う。

 ここで「むかしのわたし」を「わたしの中のよそ者たち」と言い換えたい。

 このふたつの映画は、人が排除してきた、もしくは忘れてしまった「わたしの中のよそ者たち」との出会い直しを描き、また、これからはそういう「よそ者」の方にこそ主体性があるんだ、ということを告げる、新しいタイプの映画だと思う。

多様なバックグラウンドを持つパディントンの隣人たち(『パディントン2』より)

 こういう視点を持つと、他の映画についてこれまでと違った捉え方ができるようになるんじゃないか。

 最近は、女性やLGBT、黒人やアジア系などマイノリティの俳優を主役にしたり、キャストに多く起用したりする映画・ドラマが作られるようになってきている。また、もうちょっと非現実的なパターンだと、主要な登場人物をエイリアンやゾンビ、ロボット(AI)、犯罪者、クローン人間などにし、その「生」をフラットに、肯定的に描く映画が出てきていることに気がつく。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013)、『ウォーム・ボディーズ』(2013)、『エクス・マキナ』(2014)、『ナイトクローラー』(2014)、『ジュラシック・ワールド 炎の王国』(2018)など…。

 これらの映画もある意味では、人がこれまで排除してきた「わたしの中のよそ者たち」と出会い直すための映画として読み直すことができるんじゃないか。

 マイノリティを起用することや、主人公をいわゆる普通の人間とは違うキャラクターにするのは、単に人権に配慮して、とか、奇抜なアイデアで観客を呼び込めるから、そうしているだけではない気がする。

 これまで当然視されていた映画の中の「主人公像」に照らし、切り捨ててきた色々な要素をもう一度「わたし」の中に取り込んでいく、ある種の「わたしの中のよそ者たち」の復権が行われているのではないか。

 ぼくは、以前は自分が日本で暮らしているときに感じる、「働けない」感や「よそ者」感といったものについて今より不安を覚えることが多かった。それらは自分の中のよりもろい部分なわけで、いつそれが社会から排除の対象にされるか分かったもんじゃないな、と。けれど、映画の中のプーとパディントンを見ると、そういう自分の中の前向きじゃない部分が、なぜか「いきいき」としたクマの姿になり、いま一度自分の前に戻ってきてくれた、というような不思議な頼もしさを感じる。クマたちは、もう排除されるだけのもろい存在じゃなくて、社会と闘うことを選び取ったんだな、と思うようになった。

 

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はしっこ世界論

30歳を目前にして、やむなくスペインへ緊急脱出した若き文筆家は、帰国後、いわゆる肩書きや所属を持たない「なんでもない」人になった……。何者でもない視点だからこそ捉えられた映画や小説の姿を描く「『無職』の窓から世界を見る」、そして、物書きだった祖父の書庫で探索した「忘れられかけた」本や雑誌から世の中を見つめ直す「“祖父の書庫”探検記」。二本立ての新たな「はしっこ世界論」が幕を開ける。

プロフィール

飯田朔

塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。 

 
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「成長物語」を終わらせにきた、クマたち

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