あるともないとも言えない遺伝的影響……「灰色」に逃げた
「被爆二世ってこういう話なんかー、と。自分としては切羽詰まったものがあるわけじゃないけど、俺も二世やしなあ、どういう影響があるんか知りたい、という気持ちから取材をはじめた」
放影研は被爆二世2万4673人を対象にアンケート調査と健康診断を実施し、飲酒や食習慣などの要因を考慮して解析した。調査の対象とした疾患は高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、心筋梗塞、狭心症、脳卒中。受診者の平均年齢は48.6歳で、罹患率は54.6%だった。
2007年2月、放影研は「発症リスクの増加を示す証拠は見られない」とする結果を発表。大阪社会部、科学環境部を経て広島支局に配属されていた宇城さんは担当記者として、全国版でこの内容を報じた。『ニュースUP』という特集記事(同年4月11日付朝刊)では、自身も「広島の被爆2世」であると明らかにした上で、私見も交えながら報告している。
《「灰色」。今回の調査結果を聞いた私の印象だ》
宇城さんはこのように受け止めをつづっている。放影研はリスクが確認できないとしながらも「1回の調査で関連を否定できない」とし、科学の限界を理由に遺伝的影響を完全に否定することはしなかった。影響があるともないとも言えない、いまだグレーゾーンに留まるといった意味での「灰色」との表現だった。宇城さんはこう振り返る。
「影響は認められないという結論を聞いて、ほっとしている自分がいるわけよ。その一方で、医療保障を求める人たちは『そんなわけない』と憤っている。だから自分でもずるいなとは思ったんやけど、記事には『グレーだった』と書いた。そのグレーも、白寄りか黒寄りかで意味合いが変わる。でもそこは表現しなかった、逃げてしまった」
当時の記事を読み返すと、新聞記者として慎重に、言葉を選びながら報じていることが伝わってくる。当事者として内心では調査結果に安堵しながらも、「遺伝的影響を科学的に否定できない以上、援護策の充実を」と訴える人たちの声を伝え、一定の条件下で実施する科学的調査の限界性にも触れている。宇城さんは「逃げてしまった」と振り返るが、放影研の説明も、当事者の多様な受け止め方も伝えており、多角的に考えることができる記事だった。それでも宇城さんは、「『やっぱり影響は否定できないじゃん』と思う人もいれば、『放影研がここまで言ってるならホワイトだろう』と解釈する人もいると思う」と顧みる。
「表現一つの間違いで新たな偏見を生みかねない」とも書いていた。そして最後には、「私は『被爆2世』という立場からは逃れることができない。ならば、世代を超える原爆の非人道性を追及し続けようと思う」とあった。
決意表明とも取れる一文だ。しかし、内心では「行き詰まり」を感じていた。
広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者を親にもつ「被爆二世」。彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証でもある。終戦から80年を目前とする今、その一人ひとりの話に耳を傾け、被爆二世“自身”が生きた戦後に焦点をあてる。気鋭のジャーナリスト、小山美砂による渾身の最新ルポ!
プロフィール
ジャーナリスト
1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。