特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第12回

『羽生結弦は捧げていく』高山真が振り返る2019年世界選手権(フリー編)

高山真
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「いま、競技生活を続けてくれていること自体、ものすごく有難いことなのだから、羽生結弦がいつ競技生活に幕を引こうと、仮に『そのとき』がわりと早くにやってきたとしても、ただただ感謝の気持ちだけを持っていよう」

 もちろん、その思いは今でも変わりません。変わりませんが、今日のショートプログラムを見た後で、「もしかしたら、『そのとき』はもう少し先の話になるのかもしれない」という希望が私の中で生まれたのも、事実なのです。

 勝負することが何よりも好き。どんなに「勝ち」を積み重ねても、勝負好きな面が摩耗しない……。それはアスリートにとって、もっとも大切な精神面の才能かもしれません。羽生結弦の中には、「オリンピック連覇」という大偉業を成し遂げた後でも、眠らせることのできない「何か」がある。それを感じ取ることができた、今日のショートプログラム。私にとっても新しい感受性が刺激された試合になりました。

 ショートプログラム後の記者会見で、羽生は、

「悔しい気持ちでいっぱい。一生懸命にできること、やれることを積み上げていきたい」

 とはっきり口にし、

「強い選手と戦うことはやっぱり楽しい。それがいちばん『スケートがもっとうまくなりたい』というモチベーションになる」

 と語っていたそうです。

 フリーは3月23日に開催されます。中1日で、羽生結弦はどのように覚醒をしていくのか。それが今から楽しみでなりません。それは、私にとっても「新しい楽しみ」なのです。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 このフリーで、羽生結弦は「覚醒」としか表現できない、すさまじいばかりの演技を披露してくれました。

 正直に告白しますと、会場で観戦していたとき、私はただただ「とにかくミスがありませんように」と強く念じながら見ることしかできず、羽生結弦の唯一無二の持ち味である「圧倒的な密度の、多種多様なエッジワーク」をしっかり確認しながら見ることができていませんでした。それに、後半の4回転トウが成功したあたりからは、魔法にかけられたように視界がぼやけてしまっていました。

 ですので、ここからの「フリーの演技の振り返り」は、録画していたテレビ中継を見返して書いた部分あることをご了承ください。

 

●最初の腰を落としたポーズから審判席に向かうように進み始め、すぐにバックエッジに切り替えし。このバックエッジになった時点で、すでに素晴らしいスピードに乗っていることがわかる。「氷を蹴る」ことではなく「グッと傾けたエッジに、体の軸を引き締めて体重を乗せる」ことで、スピードを出すスケーティングです。

●冒頭の4回転ル―プ。4回転を飛ぶ直前まで、「右足/左足」「フォア/バック」の切り返しを片足で目まぐるしくおこなっている。

 ループジャンプは右足のバックアウトサイドエッジで踏み切るジャンプですが、確実に跳ぶためには、右足バックアウトサイドエッジで大きな弧を描くように滑ってきて、踏み切ります。

 対して羽生の4回転ル―プは、跳ぶ前に目まぐるしく足を踏み替え、飛ぶ直前体の内側にグッと入り込む「左足のバックアウトサイドエッジ」から、「右足バックアウトサイドエッジ」に足を踏み替えて跳ぶのです。

 エッジワークと一体化したジャンプ。羽生結弦のジャンプを見るたび、そんな感想が浮かびます。

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

 
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『羽生結弦は捧げていく』高山真が振り返る2019年世界選手権(フリー編)

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