特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第12回

『羽生結弦は捧げていく』高山真が振り返る2019年世界選手権(フリー編)

高山真

◆宇野昌磨(総合4位)

 前回(ショートプログラム編)でも書きましたが、トップグループの選手たちは、異なった種類の4回転ジャンプを最大限に入れてプログラムを構成してきます。

「そもそもノーミスで実施できたら奇跡的」

 と言えるほどのマックスな構成。それをここ一番で実現するのは、ベタな表現になりますが「心・技・体」をその瞬間にそろえられるかどうか、ということに尽きると思います。

 宇野昌磨に「技」が欠けているとは、私にはどうしても思えません。ニュアンスに満ちたスケーティング、ミュージカリティ(音楽性)は、この数シーズン、競技で使用したすべての音楽を「この曲は宇野昌磨にベストマッチ」と思わせるほど。スケーターとしての「自力の強さ」を感じます。

 このフリー、コレオシークエンスの目玉は「大きなイーグルから両ひざを曲げたイーグルへとダイレクトに、かつ非常になめらかに移行する」ムーヴと、その直後の「右足のフォアインサイドエッジが急激に深くなると同時にシャープなカーブを描き、そのままダイレクトにインサイドのイーグルへと移行する」ムーヴ。その素晴らしさは、何度見ても色あせることはありません。

 これも何度も書いていることですが、宇野昌磨は、自分を追い込みすぎるほど追い込んできたスケーターのひとりであると思います。すべての試合に全力投球してきた結果として、現在の「名選手・宇野昌磨」がいることも充分すぎるほどわかっているつもりです。

 ただ、「もっとも大切な試合」は、必ずシーズンの第4コーナーを回ったところで訪れます。そこに「体も心も100%」の状態を合わせていけるか。私がいちばん強く願っているのは、そのことです。

「自力の強さ」は、ここ数シーズンの結果ですでに証明されているのですから。

 

◆ボーヤン・ジン(総合5位)

 このシーズン、決して調子がいいわけではなかったボーヤン・ジン(金博洋)ですが、それでもシーズンでもっとも重要な世界選手権で5位に食い込んでくるのは、さすがとしか言いようがありません。

 フリーの曲は、ペドロ・アルモドバル監督の映画『トーク・トゥ・ハー』のサウンドトラックから。終盤に向けて曲調もドラマティックに盛り上がる構成ですが、非常に難解な映画のテーマとあいまって、この曲で演技をするのはボーヤンにとっての大きなチャレンジだっただろうと感じています。しかし、ラストのコレオシークエンスは、客席の熱気まで一気に上昇するほど情熱的で素晴らしかった。「音楽表現」の面で、さらに成長を遂げたことがはっきり感じ取れて、それも私にはとてもうれしかったのです。

 これから冬季北京オリンピックまで、中国人のボーヤンにとっては正念場ともいえる3シーズンになるでしょう。私としては、ボーヤンに「これは、ほかの国の誰よりも、中国人のボーヤンに似合う」という曲との出会いがあることを願っています。

 中国フィギュアスケート界の伝説、女子シングルのルー・チェン(陳露)は、映画『ラスト・エンペラー』からフリーの音楽をチョイスした1994-95年シーズンに世界選手権に優勝しました。また、絶不調の97年から意地の復活を果たし、98年の長野オリンピックで銅メダルを獲得したときにフリーで使用したのは、胡弓の物悲しい響きがどこまでも美しかった『バタフライ・ラヴァーズ』という曲でした。

 そうした「中国の名スケーターがこの曲ですべったら、説得力はケタ違い」という音楽に、ボーヤンが出会えますように!

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

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『羽生結弦は捧げていく』高山真が振り返る2019年世界選手権(フリー編)