重要なこともお茶の間感覚で決まっていく(2024年10月)
とにかく、当選したのでその「万博開幕6か月前イベント」に行ってみることにした。当選メールに記載されていた時間に会場付近に行くと、長蛇の列ができていた。イベント内で倖田來未とBALLISTIK BOYZのライブも行われることが事前に告知されており、その場に集まっているのは両アーティストのファンの方々がほとんどのようだった。特に倖田來未氏のファンが多い様子で、お揃いの公式Tシャツをみんなで着ている家族連れも多かった。

長く続く行列に近づいていくと、整理番号順に並ぶようにスタッフに指示されるのだが、そもそもスタッフの数があまり足りてなくて、「どこに並べばいいんですか?」とスタッフに困った様子で訪ねている人が多くいた。私の整理番号はかなり後の方のようで、「まだまだ向こうです!」と言われた。どうやらここら辺に並ぶといいらしいという場所にたどり着くと、周りに並んでいる人はみんなリストバンドをしている。どうやらそれがないと優先エリアに入れないようなのだが、どこでそれをもらえるのかがわからない。たまたま通りかかったスタッフの方に勇気を出して聞いてみると、「はい、どうぞー!」とリストバンドを渡してくれて、申し出るともらえるということだったようだ。私と同じようにリストバンドをもらえずに困っている周りの数人に「スタッフの人に言うとくれます!」などと得意気に教えているうち、列が動き出した。
特に指示もなく、ただ、前の人が歩いたから自分も歩く。しばらく歩いて会場への入場ゲートが近づいてきたのだが、結局最後まで明確な誘導はないままで、ゲートを通過すると列は乱れ、後に並んでいた人も小走りでステージ前の方に進んでいく。「並んだ意味ないやん!」と声を上げる人もいたが、倖田來未氏とBALLISTIK BOYZのファンはすごくマナーがいいようで、大きな争いもおきず、むしろ譲り合いつつ並んでいた。これはあくまで「万博開幕6か月前イベント」で、万博とはまったく別のものだろうが、なんとなく、万博会場では大勢の人がこんな風に混乱しながら雑に誘導されていくのではないかと思った。

イベントのスタート時間になると、事前にゲストとして告知されていた吉村洋文大阪府知事の参加はなぜかキャンセルになったらしく、横山英幸大阪市長、関西経済連合会の松本会長、大阪商工会議所の鳥井会頭といった人々がステージ上に現れた。それから、司会者が各ゲストに話を振っていく形で、大阪・関西万博が半年後に始まること、工事もどんどん進んでいることなどがアピールされた。関西経済連合会の松本会長は、チケットが買いにくいという声があるが、紙のチケットを販売することが決まったのでお年寄りでも買いやすい、といったことを話していた。
さらなるゲストとしてモデルのアンミカ氏が登壇すると客席から歓声が上がった。アンミカ氏はテレビそのままの軽妙なトークで、今回の万博は1970年の万博の進歩的なイメージとは違って地味に見えるかもしれないが、それは私たちの暮らしが向上したからで、今度の万博では地味に見えても実は大事な技術がたくさん披露される。よりよい未来を体験して、それを若い人にも伝えていける機会だと思う、という主旨のことを話していた。それからもしばらく、機運醸成イベントなのだから当然なのだが、万博関連の話が壇上で続く。一度舞台袖に消えたアンミカ氏は、今度の万博で大阪府、大阪市が出展する「大阪ヘルスケアパビリオン」のユニフォームに着替えて再登場。大阪ヘルスケアパビリオンでは、25年後の自分の姿を見ることができて、ゲーム「モンスターハンター」の360度体験もできるんです、と、そんなことを横山市長が声高に語る。
倖田來未氏もステージに呼ばれ、横山市長が倖田來未氏とアンミカ氏を大阪ヘルスケアパビリオンのアンバサダーに任命したいとサプライズ的に発表し、二人がわーっと驚くというようなくだりがあった。もちろんそれは演出だろうけど、こんな風に、重要なこともお茶の間感覚で決まっていくんだなと感じた。

その「万博開幕6か月前イベント」に行っただけで、それからも引き続き私は万博とほとんど縁のない生活を続けていた。たまに新大阪駅を利用する際、「ミャクミャク」のあしらわれた大きな看板に「大阪・関西万博まであと○○日」と日数がカウントダウンされていくのを見て、もうすぐ本当に開催されるのだな、と気持ちがざわめく。ライターとして大阪で生活しながら、メディアとして正式に取材できるでもなく、背後に山積する問題に深く考えをめぐらせるでもなく、何もできずにいることが歯がゆくも思えた。

プロフィール

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。