バイブス人類学 第4回

地獄のなかで宝探し

長井優希乃

また、休みの日や父親のハリシュが空いている時には、ガジプールというマンジュリの家から車で約25分くらいの場所まで近所の人に車で乗せて行ってもらい、ムルガーマンディという肉市場や、サブジーマンディという野菜市場に行く。そこは卸売市場のような形態で、地面に店を広げ、商いをする人々が並んでいる。ずらりと並んだヤギの首が、迫力満点だ。商いの背後では、牛がくず野菜を食べ、トンビや犬が隙あらば、と肉を狙い、それを子供が石を投げ追い払う。目に飛び込んでくるもの全てに力があって、なんだか、生きることを凝縮したような光景だ。

ハリシュはそこで、びっくりするほど肉や野菜をたくさん買いこむのだ。そしてそれらの食材をふんだんに使い、マトン(ヤギ肉。マトンと言ったら羊肉じゃないの?と思うが、インドではヤギ肉のことをマトンというらしい)や、マトンの脳みそを使った料理、ソヤビーンズ(乾燥大豆)の料理など、種々の私が初めて見る料理を作ってくれた。

彼の作るマトンはびっくりするほど美味しくコクがあり、これが本場か!と思うような味だ。ハリシュは料理が上手なのである。しかし、一口ごとに激痛が走るほど辛い。ちなみにマンジュリ曰く、パンジャーブ州出身のハリシュと、ビハール州出身のマンジュリが作る料理は、インドの中でも特に辛いのだそうだ。

ちなみに、私たちが日本で想像するインド料理は「インドカレー」だが、現地ではほとんど「カレー」とは呼ばず料理の材料が料理名になっていることが多い。サブジ(野菜)でも、マトンでも、パニール(インド版のカッテージチーズのようなもの。やさしくて美味しい)でも、基本的に全てスパイシーで、激辛なのだ。

娘たちは、「ママ(マンジュリ)は本当に適当で、ギー(バターを加熱し、ろ過した油)を使わなきゃいけないところをサラダ油で作るからママの料理は時折とてもまずい」と言っていた。何度も食べると、確かにマンジュリの料理は適当な時があると私も感じるようになっていた。でも、彼女の作るチャイは大好きだった。毎朝、朝ごはんの前の目覚めの一杯としてチャイを飲んでビスケットを頬張る。これが最高に美味しいのだ、なんといっても、辛くないし。

 

(2016年10月15日撮影 料理をするハリシュ)

(2016年11月6日撮影 ガジプールのサブジーマンディ。野菜市場)

(2016年11月6日撮影 ガジプールのサブジーマンディからたくさんの野菜を積んで帰る人)

(2016年12月14日撮影 ガジプールのムルガーマンディ。肉市場。ペンギンみたいに見えるのはヤギの頭だ)

 

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バイブス人類学

文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていきます。

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プロフィール

長井優希乃

「生命大好きニスト」(ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザー)。京都大学大学院人間・環境学研究科共生文明学専攻修士課程修了。ネパールにて植物で肌を様々な模様に染める身体装飾「ヘナ・アート(メヘンディ)」と出会ったことをきっかけに、世界各地でヘナを描きながら放浪。大学院ではインドのヘナ・アーティストの家族と暮らしながら文化人類学的研究をおこなう。大学院修了後、JICAの青年海外協力隊制度を使い南部アフリカのマラウイ共和国に派遣。マラウイの小学校で芸術教育アドバイザーを務める。

 

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