バイブス人類学 第4回

地獄のなかで宝探し

長井優希乃

実際、たいていのインドの食事はとても美味しい。私がもし辛いものが大好きだったら、天国だろう。しかし不運にも、私は辛いものが大の苦手だった。とっても美味しいのだけど、一口食べるごとに、口の中が痛くて痛くて、どうにか我慢しながら食べる。これが辛くなかったらどんなに美味しく食べられるだろうと何度思ったことか。

そんな毎日の激辛な食事により、私の胃腸は完全にやられていた。口に入れるもののほとんどが激辛で、だんだん身体に元気がなくなってきていた。下痢が続き、少し動くだけで息切れするし、何も食べたくない。確実に衰弱していた。そんな毎日を続けていたら、ある日ついに熱が出た。全身に力が入らず、どこかにつかまらないと歩けないような状況だった。こんな時には、どうしてもただのおかゆが食べたい。何も刺激のない、優しい白いおかゆが食べたい。いま白いおかゆを食べないと、多分死ぬ――。そんな気すらしていた。

おかゆを作らないと……。私はふらふらとキッチンに向かった。鍋を準備し、米を手に取る。すると、キッチンでごそごそと動く私を見つけて、マンジュリがやってきた。

「何やってるの?」

げ、見つかった。私は「熱があるしお腹も痛いから、日本のキチュリーを作ろうと思って……」と説明する。キチュリーとは、インド式のおかゆという意味だ。

「なんだ、キチュリーか!私が作るから、ユキノは寝てなさい!キチュリーなんて、すぐにできるよ!」やっぱり、マンジュリはこう言ってくれた。絶対に、作ってくれようとするに決まっている。だからこそ、キッチンに立っていることをバレたくなかったのだ。

「でもね、日本のキチュリーは、インドのキチュリーとは違うんだよ。何も入れないの。本当に、白米をお湯で煮込むだけなんだよ」

「マサラも入れないの?」とマンジュリは驚いた様子だった。

「マサラも、野菜も、何も入れない。本当に何も入れなくて、米と水だけなの。簡単だから、自分で作る」

「何も入れないなんて、変なの。そんなに簡単なら、私が作るよ!米と、水だけだね。ユキノは寝てなさい」

ここまで言ってくれているのだから、マンジュリの申し出を断るのは申し訳ないと思った。せっかくの優しさを踏みにじりたくないし、マンジュリは強引なので、こうやって「私が作る」と一度言ったら、もう絶対に彼女がキチュリーを作る以外に選択肢はないのだ。ただ、本当に不安だ。私は、絶対に白いおかゆが食べたいのだ。むしろ、それしか食べられない。これは、もう生死に関わる気すらしている。自分の胃壁に、つかの間の平穏を与えたかった。

マンジュリに、何度も念押しした。「そこまで言ってくれるなら、作ってくれる?ありがとう。でもね、何度もいうけど、本当に米と水だけだからね。米と水、以上。美味しそうだからといって他のものを絶対に入れないでね。ミルチー(青唐辛子)も、マサラも入れないでね」

そう言うとマンジュリは、「オーケーオーケー!そんな簡単なこと!絶対に何も入れないから、安心して!ベッドに行きな!」と笑って言った。

 

約30分後、マンジュリのできたよーという声で、私はふらふらとベッドから立ち上がり、リビングに向かった。すると、机の上にはホカホカに湯気を立てているキチュリーがあった。――なんと、湯気の中には、真っ黄色なターメリックで彩られ、パクチーとトマトの入ったカラフルなキチュリーがあった。ああぁ……。もはや、笑うしかなかった。一応、訊いた。「何も入れないで米と水だけ、っていうレシピだよね……?」

マンジュリは「こんなの、何も入っていないじゃないか!ミルチーも、マサラも入れていないんだよ。何にも入ってない」と言い張る。

やっぱり、マンジュリ的には、これは、「何も入ってない」おかゆなのだ――。どんなに説明しても、やっぱりこうなった。せっかく作ってくれたのに手をつけないのは申し訳ないからありがとう、と言って、どうにか食べた。普段は大好きなターメリックもパクチーも、今はただただ憎い。食べ終わって、またベッドに向かった。本当につらい、体に力が入らない。でも、この真っ黄色のおかゆをみると、なぜだか笑えてくるのだった。

(2016年11月4日撮影 マンジュリが作ってくれた「何も入っていない」おかゆ。優しいけど、つらい。けど、おもしろい)

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バイブス人類学

文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていきます。

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プロフィール

長井優希乃

「生命大好きニスト」(ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザー)。京都大学大学院人間・環境学研究科共生文明学専攻修士課程修了。ネパールにて植物で肌を様々な模様に染める身体装飾「ヘナ・アート(メヘンディ)」と出会ったことをきっかけに、世界各地でヘナを描きながら放浪。大学院ではインドのヘナ・アーティストの家族と暮らしながら文化人類学的研究をおこなう。大学院修了後、JICAの青年海外協力隊制度を使い南部アフリカのマラウイ共和国に派遣。マラウイの小学校で芸術教育アドバイザーを務める。

 

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