バイブス人類学 第4回

地獄のなかで宝探し

長井優希乃

麻薬のような日々

「フィールドワーク」というと、なんだか語感が楽しくて、「オリエンテーリング」とか「わくわくパーク」みたいな、なんだか楽しい宝探し、みたいなイメージを想起させる。でも、デリーでのフィールドワークは、語感のワクワク感とは裏腹に、毎日がエクストリームにきつい。

私は、体調が悪すぎて夜中に下痢を漏らしたことがある。漏らしたというか、勝手に出ていた。肉体の限界だ。ラッキーなことに、その日は偶然一人で寝ていたので、やっベーと思いながら家族に隠れて夜中にシーツを洗いはじめた。時刻は夜中の2:00。誰も起きてこないだろうと思っていたら、なんと誰かの目覚ましが鳴った。なんとこの日はハリシュが夜勤で、2:30に起きて出勤する予定だったのだ。ヤバい、パパ(ハリシュ)が起きてしまう……!これ以上ないくらいの速さで洗ったシーツをリビングの物干しにかけ、走って部屋に戻って、寝たふりをした。すると、私が部屋に入ったタイミングで、ハリシュの部屋のドアがガチャリと開いた。セーフ。おそらくバレていない……!そうして私は浅い眠りについた。翌朝起きて、冷静に考えると昨日は干していないシーツがリビングに干してあるのだから、怪しいに決まっている。みんな気づいているのかいないのか、何も触れてこなかった。こんなことが、何度もあった。今考えると面白い笑い話なのだが、キツすぎて、一人で何度も泣いた。しかし、肉体と精神のどちらもが限界に達しかけた時に限って、なぜだかありえないほどの面白いことが起きる。

まるで、地獄の中で宝探しをしているみたいだ。苦しみにもがきながらも、キラリと光る何かが見つかってしまう。そのキラリと光る宝を集めることを、やめられないのだ。一度、そこに身を浸してしまうと、それ無しじゃ物足りなくなってしまう。麻薬のようなものだ。

 

2016年10月30日、ヒンドゥー教の光の祭典であるディワリの日がやってきた。美しいろうそくに火を灯し、プジャ(祈り)をしたあと、安らかに皆で幸せを祈る――なんてことはほんの一瞬で、すぐに外では爆竹が鳴り響き、皆こぞって花火に火をつける。ふと見ると、マンジュリが、家の中で、ねずみ花火に火をつけようとしていた。

「ママ!家の中ではやめて!」ミナクシとラヴィーナと私は一緒に叫んだ。しかし、もう遅い。

「シュワアァーーー!」という音を立てながら、二つのねずみ花火が家を駆け巡る。マンジュリは、ニコニコして、楽しそうだ。なんだか私もミナクシもラヴィーナも楽しくなってきて、自分の持っている手持ち花火に火をつけて、リビングで花火をした。

 

(2016年10月30日撮影 マンジュリがねずみ花火に火をつけた。嬉しそう)

(2016年10月30日撮影 花火をやろうが爆竹を鳴らそうが、リビングの洗濯物はそのまま。気にしない)

(2016年10月30日撮影 祭壇もちゃんと飾ったのだ)

(2015年11月10日撮影 ディワリが近くなると家々がイルミネーションをこぞって飾る)

 

「お客様」じゃなくなると――わかること、わからないこと

 デリーでのフィールドワークは、最初の1ヶ月くらいは「こんなに素敵なところに来られて、素敵な人たちに出会えて、幸せだ。絶対に来たくないと思っていたインドに来ることになったのは、嫌だったインドのイメージを払拭するために神様が私を送りだしたのかもしれない!」などとキラキラした思いでいた。

 しかし日が経つにつれ、だんだん「外国から来たお客様」ではなくなり、「一緒に生活している人」「家族の一員」となってくると、綺麗ではない部分がどんどん見えてくる。私を「外国から来た人」扱いしないのはとても嬉しいことだけれど、その分、向こうも「なんでこれをしないんだ?」「ユキノも『インド人』らしく振る舞いなさい」と、言う。私も彼らの暮らしを「体験」しているうちはとても楽しいが、時が経ってそれが自らの「生活」になってくると、少しずつ少しずつ、その違いと「わからなさ」に疲労が蓄積されてゆく。

その文化の中に身を浸していても、生まれた時からその文化のなかで生きて来た人と「同じ」になることはできない。いろいろな場面でこれまでの自分の当たり前と違うからこそ、違いに気づくことができる。それゆえに、調査が成りたつ。でも、その違いに気づいても、どうしてそうなのか「わかる」ことはなかなか難しい。

彼らの暮らしを、発言を、行動を、どうにか理解しようと様々な社会背景や構造を学んで、大きな構造から「なるほど、こういうことか」とわかった気になることがある。でも結局目の前にいるのは一人の生身の人間で、その構造それ自体を体現しているわけではないのだ。頭でっかちにわかった気になったら、するりと抜けてゆく。だから、まずは、目の前で起こることを、とにかく受け止めるしかない。受け止めに受け止めて、彼らと同じように、やってみて、どうにかわかろうとする。その繰り返しだ。

フィールドワークで「共に暮らす」というと、なんだか綺麗に聞こえるが、本気で共に暮らすのって大変だ。ただただ綺麗なことばかりではなく、精神も肉体も、けっこうやられる。そんな風に地獄を這うようにどうにか生きていたら、泥の中から小さな宝が少しずつ出てきてしまうのだ。地獄の中で、宝探し。

あるとき、みんなに内緒で日本食レストランに行った。ふうと一息ついて、一人の時間を噛みしめる。出てきた味噌汁の出汁の味に、細胞が生き返る。そこで、一人の日本人女性と出会った。彼女と話していると、相槌の時に私が首を傾けて横に頷いていること、そして日本語で喋りながらも、ヒンディー語で相槌を打っていることを指摘された。首を横に傾けるのは、インドでOKとかYESの時に使う仕草だ。私の振る舞いは、意識せずとも、インドのそれになっていた。いつもマンジュリたちと一緒にいるから、自分では、気づかなかった。マンジュリたちの一つ一つの行動も面白いけれど、いまの私自身も、マンジュリたちからしたら面白いだろうなあ。全然噛み合わなかったバイブスが、なんだかいい感じになってきた気もする。

こうして、マンジュリたちとの日々は続いていく。

(第5回につづく)

 

 

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バイブス人類学

文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていきます。

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プロフィール

長井優希乃

「生命大好きニスト」(ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザー)。京都大学大学院人間・環境学研究科共生文明学専攻修士課程修了。ネパールにて植物で肌を様々な模様に染める身体装飾「ヘナ・アート(メヘンディ)」と出会ったことをきっかけに、世界各地でヘナを描きながら放浪。大学院ではインドのヘナ・アーティストの家族と暮らしながら文化人類学的研究をおこなう。大学院修了後、JICAの青年海外協力隊制度を使い南部アフリカのマラウイ共和国に派遣。マラウイの小学校で芸術教育アドバイザーを務める。

 

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