5月12日 ハンスト4日目 防衛省前ー外務省
9時スタート。72時間が経過。防衛省前にはすでに支持者たちがいた。彼の行く先々にはいつも支持者と警官が待っていたが、支持者の数は日を追うごとに明らかに増えていた。断続的に雨が降ってくる。使い捨てのレインコートをコンビニで買うのではなく、長く使えるパタゴニアのレインウエアを彼の友人が買いに行った。そういう細かいところにSDGsへの姿勢を感じる。カラフルなSDGsバッチをつけている議員たちに聞かせたい話だった。
外務省前に移動する。そこでもやはり数名の支持者と警官が待っている。雨は強くなる。外務省に来たことにも明確な理由があった。県民は辺野古建設反対の意思を示してもう25年になる。これに対し米国政府は沖縄の民意に一定の理解を示し、辺野古である必要性を強調していないとの報告がある。しかし日本の外務省、北米一課の長きに渡るロビイングによって、辺野古への建設は選択されているのではないか? 辺野古を建設したいのは、もはや米国ではなく日本政府なのではないか? それが研究者としての仁士郎の調査結果だった。
雨の中、彼の元には若者たちが駆けつけ、傘の花、そして対話の花が咲く。
その傘たちは2019年の香港の民主派たちを思わせた。「内包」「受容」「包摂」。香港のプロテストもアメリカBLMのプロテストも、権力構造への激しい抗議のベクトルと同じくらい、内側へのベクトル、市民同士や隣人への「受容」に重きを置いていたように感じる。仁士郎の横顔にはそれと同じものを感じた。「受容」こそ現代のプロテストに必要不可欠なものなのだと彼は体験的に理解しているようだった。
沖縄出身で本土の大学に通う大学生たちの姿もあった。18歳や19歳である。今まで沖縄の若手の代表的な存在だった仁士郎の次の世代が新しく育っている。彼ら彼女らは仁士郎の背中を見て動き出し、さらに次の時代への想いを熱っぽく語り合っていた。その姿は沖縄のこれからの50年に対する、とても建設的なものだった。この場所から、新しい時代のアイディアが生まれるという躍動感があった。
このハンガーストライキは政府への抗議活動であり、日本社会への問いである。しかしそれ以上に、彼の元に集った人々がここで出会い、対話をし、新たな時代の「種」を生み出していくことに確かな可能性を感じた。
仁士郎の気力は尽きない。常に誰かと対話をし続けている。降り止まない雨の中に、小さなろうそくの火が揺らぎながら燃えているようだった。ネットでは仁士郎詣と揶揄する声もあったが、そこに集う人々は彼のその小さな火種を分けてもらい、それぞれの心に新たな火を灯しているかのようだった。
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