WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第5回

不死鳥の如く

たった5メートルから果たした再起
木村元彦

情熱的なコーチとの出会い

 追い込まれたギリギリのところにいたエリーを救ってくれたのは、あらたに指導に入って来た新任コーチのステーィブ・ヤングの存在だった。スティーブはそれまで地元のスイミングクラブで教えていたローカルコーチで、トップレベルの選手に対する指導経験は無かった。しかし、その分、AISに抜擢されたことを名誉に思い、新鮮な情熱を持ってやって来た。スティーブは単調で憂鬱な毎日に変化をもたらしてくれた。

 「それまでは朝、起きてただプールに行くということの繰り返しだった。それをリフレッシュさせてくれたの。彼はいつも腕をパンチして『いいぞ、その調子!』と言ってくれた。水泳に対する情熱がすごくて、自分が少しでも役に立てているということが、嬉しくて仕方がない。そんな気持ちが伝わってきたの」

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 アスリートと指導者は互いへの信頼関係があって初めてシナジーが起こる。この人物はどこまで真剣に自分に向き合ってくれるのか、無意識に選手はコーチを測っている。単に仕事としてなのか、自分のキャリアアップのためなのか、それとも人生をまるごとかけてくれているのか。その意味で、スティーブはプレイヤーズファーストの精神を貫く指導者だった。孤独だったエリーは、あらゆる感情をさらけだす必要があった。ただでさえ内省を求められる個人競技の、しかも繊細な20歳前後の選手である。一本泳ぐごとに感情がくるくる変わると言っても過言でもない。気持ちはときには深く潜り、ときには爆発することもある。それでも、スティーブはそれらすべてに向き合ってくれた。エリーの長所も短所もすべて理解した上で寄り添ってくれた。信頼するコーチの存在は肩の激痛をひととき忘れさせ、意識を再び高めてくれた。たったひとりの闘いと思っていた中で光明が見えた。

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

関連書籍

橋を架ける者たち 在日サッカー選手の群像

プロフィール

木村元彦
1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。東欧やアジアの民族問題を中心に取材、執筆活動を続ける。著書に『橋を架ける者たち』『終わらぬ民族浄化』(集英社新書)『オシムの言葉』(2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞作品)、『争うは本意ならねど』(集英社インターナショナル、2012年度日本サッカー本大賞)等。新刊は『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)。
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