WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第5回

不死鳥の如く

たった5メートルから果たした再起
木村元彦

泳ぐことが幸福

 しかし、ある時、本心に気が付かされる瞬間が来た。トレーニングの最中、練習にクレームをつける子どもがいた。

 「もう今日は嫌だよ。家に帰ってゲームがしたい」

 才能のある子だった。セッションは負荷も考えて練りに練ったもので、やり切れば達成感も得られた上で効果が上がるものであった。この子はやればもっと伸びるのに…。こんなに恵まれた環境の中にいて、なぜ、挑戦することに不満なのだろうと思うと、自然と口をついた。

 「あなたは泳げているだけでも幸福なのに文句を言っている」

 言ってから、自分の感情が腑に落ちた。

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 「泳ぐことが幸福? そうか、私はまだ泳ぎたいのだ」と。燃え尽き症候群からの立ち直りには、教えていた子どもたちの存在が大きかった。

 「ストリームラインが出来た。ターンが出来たと喜んでいる。基礎が出来ただけでも嬉しい。かつては私もそうだった。そこからはじまって世界一に上りつめられた。子どもたちのおかげで原点に戻り、自分の居場所に気づけた」

 責任感から、やらされていたと感じていたAISのトレーニングから独立したことで、コップの水さえ飲みたくなくなっていたというメンタルは完全に立ち直った。しかし、問題はオーバーワークで破壊されてしまった両肩だった。

 スポーツドクターに診断を仰いだ。「競技者として再び世界大会をめざして泳ぎたい」という希望を添えた。検査の結果、冷酷な回答が返って来た。

 「いずれにしても手術は必要だ。しかし、オペをしたとしても二度と水泳はできない」

 もうこの肩では泳げないのか。

 聞いたとたんにその場で泣き崩れてしまった。そしてあらためて確信した。自分はこれほどまでに水泳が好きだったのだ。

 諦めるわけにはいかなかった。他の病院にセカンドオピニオンを求めた。すると「手術後にしっかりとリハビリをするとプールに戻れる」というドクターが現れた。もうためらうことは無かった。

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

関連書籍

橋を架ける者たち 在日サッカー選手の群像

プロフィール

木村元彦
1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。東欧やアジアの民族問題を中心に取材、執筆活動を続ける。著書に『橋を架ける者たち』『終わらぬ民族浄化』(集英社新書)『オシムの言葉』(2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞作品)、『争うは本意ならねど』(集英社インターナショナル、2012年度日本サッカー本大賞)等。新刊は『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)。
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