連載
トーマス・エジソンが「個人のための映像視聴装置」であるキネトスコープを発明してから2021年で130年。NetflixやAmazonがもたらした構造変化、テレビシリーズを質と量ともにリードし続けるHBO、ハリウッドの覇権を握るディズニーのディズニープラスへの軸足の移行。長引く新型コロナウイルスの影響によって「劇場での鑑賞」から「自宅での個人視聴」の動きがさらに加速する中、誕生以来最大の転換期に入った「映画」というアートフォーム。その最前線を、映画ジャーナリスト宇野維正が「新作映画の批評」を通してリアルタイムで詳らかにしていく。
-
第5回
『カモン カモン』に込められた「切実な願い」を読み取る2022.4.22 -
第4回
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は映画なのか?
2022.2.7
-
第3回
『ブラック・ウィドウ』が残した「遺恨」が意味するもの
2021.8.31
30歳を目前にして、やむなくスペインへ緊急脱出した若き文筆家は、帰国後、いわゆる肩書きや所属を持たない「なんでもない」人になった……。何者でもない視点だからこそ捉えられた映画や小説の姿を描く「『無職』の窓から世界を見る」、そして、物書きだった祖父の書庫で探索した「忘れられかけた」本や雑誌から世の中を見つめ直す「“祖父の書庫”探検記」。二本立ての新たな「はしっこ世界論」が幕を開ける。
-
“祖父の書庫”探検記 第3回
祖父いいだももと、その書庫に残るもの2022.3.22 -
「無職」の窓から世界を見る 第3回【後編】
ちゃんと「おりる」思想
2021.7.2
-
「無職」の窓から世界を見る 第3回【前編】
ちゃんと「おりる」思想
2021.6.30
地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。昨年2月「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」でその作品『教育と愛国』が上映され、大きな反響を呼んだ毎日放送の斉加尚代ディレクターです。
同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。
さまざまなフェイクやデマについて、直接当事者にあてた取材でその虚実をあぶりだす手法は注目を浴び、その作品群はギャラクシー大賞を受賞し、番組の書籍化がなされるなど、高い評価を得ています。
本連載ではその代表作、『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景と記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。
-
第6回(最終回)
「余命三年時事日記」のブログ主を直撃2022.3.22 -
第5回
弁護士に懲戒請求を申し立てた人びと
2021.12.14
-
第4回
大手メディアの劣化に対し、真っ当な言葉を取り戻す試み
2021.9.22
白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。
一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。
はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。
-
この連載は2023年8月17日に集英社新書『スーフィズムとは何か イスラーム神秘主義の修行道』として刊行されました。ぜひご覧ください。最終回
人の心:インサーン・カーミル2022.2.22ما هو التصوف
-
第十四回
心の詩、心の音色 詩と音楽
2021.11.12
-
第十三回
武の心―スーフィーとマーシャル・アーツ
2021.10.8
情報が加速度的に増加し、スマートフォンをはじめとしたデジタルデバイスによって様々な行動が不可視化されている現代。そのような「ブラックボックス」が溢れる時代を、私たちはどう生きるべきか。
現代人にとって重要なこの問いを、著述家・書評家の永田希が、書物と貨幣の歴史を遡りながら現代思想や文学作品・SFを通して解き明かしたのが9月17日に発売される『書物と貨幣の五千年史』である。本書の主題となっている「ブラックボックス」という概念をより掘り下げるべく、集英社新書プラスでは4本の対談を掲載する。
-
第4回
ブラックボックス化する社会のなかで忘却に抗うには2021.11.17 -
第3回
「書物」と「貨幣」をめぐる現代文学を求めて
2021.10.7
-
第2回
世界を「分解」することへの欲望
2021.9.27
2011年3月11日からの一週間、かれらは一体なにを経験したのか? 大熊町、富岡町、浪江町、双葉町の住民の視点から、福島第一原子力発電所のシビアアクシデントの際、本当に起きていたことを検証する。これは、被災者自身による「事故調」である!